20km競歩(男子)で東京五輪出場を決めている池田向希さん。
「みちょぱ」ことモデルの池田美優さんの親戚ということでテレビでも有名になりました。
今回は、そんな池田向希さんの学歴や経歴について紹介していきます。
池田向希さんの学歴・出身校
ここからは、学歴や出身校を紹介していきます。
池田向希さんはどのように歩んできたのでしょう。
池田向希さんのプロフィール
- 氏名:池田 向希(いけだ こうき)
- 生年月日:1998年5月3日
- 出身地:静岡県浜松市
- 身長:168cm
- 体重:52kg
- 血液型:B型
池田向希さんの学歴・出身校
池田向希さんの最終学歴は東京都にある東洋大学です。
東洋大学では経済学部を専攻しました。
東洋大学は箱根駅伝で優勝するなど陸上競技の名門校です。
競歩50kmで東京五輪の日本代表に内定している川野将虎さんも同級生です。
川野将虎さんとは地元が同じ静岡県で、高校生のときから全国大会で活躍していたので「雲の上の存在」であったと池田向希さんは語っています。
東洋大学の陸上部は部員数の制限を設けており、大学側からのスカウトなどがなければ入部できません。
池田向希さんは高校時代に実績がなかったため、静岡県内で行われた記録会に川野将虎さんの勧誘に訪れていた東洋大学の陸上部監督に直談判し入部の意思を伝えました。
既に競歩の入部枠が埋まっていたため、マネージャーを兼務するという条件で入部が決まり東洋大学に進学しました。
高校は浜松日体高等学校です。
浜松日体高等学校はその名の通り日本体育大学が運営する高等学校です。
スポーツの強豪校で、登山部は全国大会優勝やクライミング部では世界大会で活躍する選手も輩出しています。
また、スポーツのイメージが強い高校ですが、東京大学などの難関校への進学率も高く文武両道な校風です。
中学は浜松市立積志中学校です。
部活動が盛んな学校で多くの部活動があります。
俳優の袴田吉彦さんも同校の卒業生です。
小学校は浜松市立積志小学校です。
池田向希さんの子供時代とご家族情報
池田向希さんは父親の影響で幼少期にはテニスをしていました。
真面目でコツコツと努力を積み重ねるタイプで今の陸上競技への結果に通じるものがあります。
テニスでは「ミスなくラリーを続ける子だった」と父親が取材に答えています。
家族は両親と姉がいます。
父親はテニスをやっており、高校と大学で全国大会に出場するほどの実力の持ち主です。
ご家族の情報は公にされていないため、これ以上は解りませんでした。
池田向希さんの経歴
ここまでは学歴や家族についてご紹介してきました。
陸上競技の名門校である東洋大学に進学した池田向希さん。
ここからは、競歩20kmでの活躍を紹介していきます。
競歩との出会い
陸上競技を始めたのは中学に入り陸上部に入部したことがきっかけです。
中学時代は長距離種目を専門としていましたが、なかなか思うように記録が伸びませんでした。
静岡県内の陸上強豪校である浜松日体高等学校に進学するも、力のある選手たちの中にどんどん埋もれてしまいました。
そんな中、陸上部顧問からのすすめで高校2年生の時に初めて競歩のレースに出場しました。
当初は競歩の動きが長距離にも生かせると考えて練習に励んでいましたが、東海地区大会で9位に入賞する結果を残しました。
大会後は競技自体に魅力を感じるようになり、専門種目が競歩になりました。
経歴・エピソード
池田向希さんは高校2年生で競歩を本格的にはじめました。
高校時代は競歩を専門とするコーチや仲間がいなかったため独学で練習を行ってきましたが目立つ活躍はありませんでした。
大学は陸上部の名門校である東洋大学に進学し、競歩を専門種目として陸上部に入部しました。
陸上部は各種目ごとに定員が決まっているため、当時無名であった池田向希さんはマネージャーを兼務するという条件で入部を認められました。
大学では寮の電話番や給水ボトルの洗浄にゴミ捨てなど他の選手の身の回りのサポートや、練習でのタイムキーパーなどマネージャーとして多岐にわたる業務をこなしていきました。
マネージャー業をこなしながら競歩の練習にも励み、競歩専用のウェートトレーニングやフォームの修正を地道にこなしていきました。
陸上部では国内トップレベルの選手も多く、川野将虎さんとは寮の部屋も同じということで、お互いのフォームを指摘し合うなど切磋琢磨していきました。
大学1年生の時に参加した関東インカレ・日本インカレでは表彰台に立つなど徐々に実力を発揮していきました。
大学2年生の時に世界大会に初挑戦し、いきなり優勝するという快挙を達成しました。
これをきっかけにマネージャーを卒業して競歩に専念できるようになり、本格的にオリンピックを意識して練習に取り組むようになりました。
その後の大会でも快進撃を続け、数々の大会で好成績を収め、世界ランク1位にもなりました。
そして、大学4年生の時に行われた五輪最終選考大会である全日本競歩能美大会では見事に優勝を飾りました。
この結果が認められて東京五輪の競歩20kmの代表に見事に内定しました。
主な戦績
競歩にて
・関東学生対校選手権 優勝
・ユニバーシアード夏季大会 優勝
・世界競歩チーム選手権 優勝
・全日本競歩能美大会 優勝
などの成績を収めています。
陸上で思うような結果が出ず、陸上の名門である東洋大学にはマネージャー兼務という形での入部となった池田向希さん。
マネージャー業と陸上を見事に両立しメキメキと実力を上げていき世界ランク1位になるまで上り詰めました。
競歩の選手として決して順調ではありませんでしたが、コツコツと努力を積み重ねて見事に結果に繋がりました。
努力の末に勝ち取った東京五輪の出場権、これからの活躍にも注目していきましょう。
まとめ:池田向希の学歴・出身校と経歴
今回の記事では競歩20kmで東京五輪の出場を決めている池田向希さんを紹介してきました。
中学生から陸上をはじめ、メインとしていた長距離種目では結果が出ませんでしたが競歩に種目を変更すると一気に才能が開花しました。
大学の陸上部にはマネージャーと兼務という形で入部し、決して陸上選手として楽な道のりではありませんでした。
しかし、努力の末に競歩の選手として結果を残し、見事に東京五輪の出場権を獲得しました。
コツコツと努力を積み重ねていく池田向希さんの今後の活躍に目が離せません。