紺野ぶるま 高校はどこ?静岡出身?芸人のきっかけや経歴も調査

お笑い芸人

この記事では女性ピン芸人の紺野ぶるまさんの学歴(大学・高校・中学)や経歴、お笑い芸人になるきっかけなども紹介しています。

長身でスタイルがよく、モデルかと思わせるビジュアルを武器に女優のものまねを得意とする一方、舞台でのネタは下ネタ満載で、そのギャップで世間を驚かせています。

紺野ぶるまさんが気になる方、プロフィールを知りたい方はぜひこの記事をチェックしてみてください。


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紺野ぶるまさんの学歴・出身校

幼少期に1円玉を飲み込み、救急搬送された経験を持つ紺野ぶるまさん。

どのような学歴やエピソードを持っているのかを紹介します。

プロフィール

芸名紺野 ぶるま(こんの ぶるま)
本名門井 友里恵(かどい ゆりえ)
※旧姓。現姓は非公開
生年月日1986年9月30日
出身地静岡県 ※育ちは東京都
身長172cm
体重非公開
血液型B型

紺野ぶるまさんは松竹芸能に所属する女性ピン芸人です。

長身と美形を生かし、木村多江さんや秋元才加さん、釈由美子さんのものまねを披露する一方で、意識高い系の女子や怪しい占い師などのキャラでコントもこなします。

一番の得意ネタは、「下ネタなぞかけ」で、「芽吹きました」のフレーズとともに披露するなぞかけは誰も真似できず、真似もしないと言われ、芸能界でも唯一無二の存在となっています。

2017年以降は『R-1ぐらんぷり』、『女芸人No.1決定戦 THE W』の決勝に合計5回進出し、東京の芸人として決勝進出の最多記録を持っています。

また、自身の学生時代のことをつづったエッセイを出版したり、競輪や競艇の予想をしたりするなど、頭脳を生かした仕事にも幅を広げています。

学歴・出身校

紺野ぶるまさんの学歴を大学から小学校まで順に紹介します。

出身大学

紺野ぶるまさんは大学には進学していません。

高校を中退後、通信制高校で高卒資格を取得しています。

かなり自由で荒れた高校生活を送っていたため、大学進学は念頭になかったのではと思われます。

出身高校

紺野ぶるまさんが入学した高校は目白学園高等学校(現:目白研心高等学校)ではないかと言われています。

『週刊女性』の2021年8月10日号に高校時代の写真が掲載されており、その制服が目白学園高等学校のものとほぼ一致しています。

紺野ぶるまさんは当時流行っていた”ギャル“に憧れていましたが、入学した高校は地味でした。

反発もあり、金髪、ガングロでスカートはギリギリまで短く、遅刻の常習犯だった紺野ぶるまさんは、遅刻の常習犯として学校からもマークされていました。

高校二年のある冬の日、遅刻した紺野ぶるまさんは門に立っていた校長に叱られ、頭にきておでんの汁で校長を囲い、「おまえ、そこから出るなよ、黒魔術で呪いかけたからな」と言い放ちます。

これがレッドカードとなり、翌日母親が呼び出され、退学処分を言い渡されたのでした。

この時のことを紺野ぶるまさんは「調子に乗っていた。退学を言われて目が覚めたけどもう遅かった。本当に後悔した」とインタビューで語りました。

退学後に「勉強したい」という気持ちが芽生えた紺野ぶるまさんは、半年後に通信制の高校に編入し、無事に高卒資格を取得しています。

学校名私立目白学園高等学校
(現:目白研心高等学校)
学科・コース
偏差値52~57
所在地〒161-8539 東京都新宿区中落合4-31-1
最寄り駅中井駅・・西武鉄道(新宿線)、東京メトロ(大江戸線)
落合駅・・東京メトロ(東西線)
公式サイトHPhttps://mk.mejiro.ac.jp/
著名な卒業生中村アン・川崎希

出身中学校

紺野ぶるまさんの出身中学校は、非公開です。

東京都内の公立校ではないかと思われますが、特定はできませんでした。

紺野ぶるまさんは中学校ではバドミントン部に所属し、東京都大会でベスト8に進んだこともある実力の持ち主です。

また、2019年からは社会人のバドミントンサークルに「謎のニート」として参加し、17年ぶりのバドミントンを楽しんでいる様子をSNSに投稿しています。

また、中学校時代の友人とは今でも仲が良く、ネイリストになった同級生にネイルケアをしてもらうなど、交流を楽しんでいます。

出身小学校

紺野ぶるまさんの出身小学校も、非公開です。

静岡県で生まれ、その後東京で育っていますので、いずれかの公立小学校に通っていたのではないかと思われます。

紺野ぶるまさんは先天性の病気が見つかり、5歳の時に手術を受けています。

その影響で低学年の時は運動を制限されていましたが、徐々に回復し、学校でのマラソン大会で1位になったこともありました。

兄は紺野ぶるまさんについて「病弱だったから、親も妹には甘かった。習い事もたくさんしていた」と語っています。

今後、新たなエピソードが出ることを期待しましょう。


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紺野ぶるまさんの経歴

幼少期に多くの習い事を経験し、文武両道芸人とも言われる紺野ぶるまさん。

どのような経歴があるのかを見ていきましょう。

芸人になったきっかけ

紺野ぶるまさんは「モデルか女優になりたい」という夢を持っていました。

高卒資格を取得後、イベントコンパニオンのバイトをしながら、複数のモデル事務所へ履歴書を送ります。

しかし「売り込むためにはお金が必要」などと言われ、結果的に100万円近くをだまし取られてしまったのでした。

体調を崩し療養していたある日、テレビでくまだまさしさんと鈴木Q太郎さんがブルマ姿で「ブルマパーティー」というネタを演じているのに衝撃を受けます。

「こういう大人になりたい。私にとって“生きる”ってこういうことなんじゃないか」と目覚めた紺野ぶるまさんは養成所を検索し、2007年に松竹芸能のタレントコースに入所したのでした。

紺野ぶるまさんは当時のことを「芸人になる勇気がなくて、タレントコースを選んだ」と振り返っています。

経歴

養成所でダンスや演技のレッスンを受けていた紺野ぶるまさんですが、芸人コースの生徒がネタ見せをしているのがうらやましく、数ヶ月後に芸人コースに転籍しています。

養成所卒業前には小学校の同級生に声をかけ、同級生が就職するまでの半年だけという条件で、コンビ「ブルマニアン」を結成しました。

当時のことを元相方は「ネタ作成の様子を見て、本気でお笑いをやりたいんだとわかった。地元でつるんで遊んでいた時とは別人の真剣さがあったとインタビューで明かしています。

2009年にピン芸人としてデビュー後も売れない日々が続きましたが、ある日、なぞかけ芸人のねづっちさんと同じ舞台に上がり、なぞかけの才能が開花します。

その舞台を見たコージー冨田さんに誘われて出たなぞかけライブで、苦しまぎれに出た「下ネタなぞかけ」が大ウケし、観客の爆笑を得たことが自信となりました。

ネタの過激さから深夜番組には呼んでもらえるものの、ゴールデンタイムのテレビへの出演は難しく、紺野ぶるまさんはコントにも力を入れ始めます。

2016年以降はR-1ぐらんぷりやTHE Wにもコントで出場するかたわら、他のピン芸人と組んでM-1グランプリにも挑戦し、好成績を残しました。

また、文才も開花させ、自身の学生時代をつづったエッセイ『下ネタ論』『「中退女子」の生きかた』では素直な気持ちを表現し、同じ経験を持つ人々に共感されています。


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まとめ

今回は、紺野ぶるまさんの学歴や経歴、芸人になったきっかけについて紹介しました。

「普通は嫌だ」と考えていた少女は「普通が一番」という母親に反発し、高校の教師からは「腐ったミカン」と言われるなど、荒れた学生時代を過ごしました。

しかし自分のやりたいことを見つけ、現在は「今一番下品な女芸人」を自称し、芸能界に多くの隠れファンを持っています。

芸風とは全く違う、控えめでまじめで勉強熱心な紺野ぶるまさんは、担当マネージャーに「私も努力しなきゃと思う」と言わせてしまう努力家です。

その努力が開花し、また新たな一面を見せようとしている紺野ぶるまさんから、目が離せません。


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