井川寛之の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪射撃クレー(男子))

射撃において日本国内では厳しい年齢規制があり、競技を始められるのは早くて14歳からといいます。

そんな日本の制度の中でクレー射撃で東京五輪代表内定を獲得した、井川寛之さんはどんな学歴で出身校はどこなのか。

またその経歴をご紹介します。


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井川寛之さんの学歴・出身校

クレー射撃のスキートは、目標が発射されてから構え・射撃という高難度の技術を要します。

その集中力はかなりのものだと推測でき、大変な精神力で競技に臨んでいることでしょう。

その井川寛之さんは一体どんな学歴で、出身校はどこなのかご紹介します。

井川寛之さんのプロフィール

  • 氏名:井川寛之(いかわ ひろゆき)
  • 生年月日:1988年7月26日
  • 出身地:神奈川県横浜市
  • 身長:170cm
  • 体重:60kg
  • 血液型:非公開

井川寛之さんの学歴・出身校

現在、井川寛之さんは株式会社モダンビルに所属しています。

最終学歴は横浜商科大学で、特色としては「実行型ビジネス教育」を掲げています。

4年間の在学中に「実践力」「行動力」「協働力」を育み、効果的な課題解決能力を身に着ける教育方針を持つ学校。

卒業生にはプロ野球選手が数多く輩出されている大学で、硬式野球部としては強豪校です。

高校は横浜商科大学高等学校を卒業、この学校は横浜商科大学の姉妹校となっています。

高等学校からの特別指定推薦枠があり、一定の基準以上の生徒は書類審査と面接のみで横浜商科大学進学が可能になっています。

卒業生では、プロ野球・サッカー・バスケット・プロレスラー・大相撲などの有名選手を数多く輩出。

また射撃で北京・ロンドン・リオデジャネイロにオリンピック代表として出場した、松田知幸さんのお名前もありました。

中学校は横浜市立川和中学校出身です。

この横浜市立川和中学校は、3校の小学校から進学先となっている中学校で入学してすぐに開催される体育祭は、生徒同士の絆が深まるきっかけとなっています。

小学校は横浜市立川和東小学校で、自然が豊かにある地域に位置する学校で一学年に3~5クラスあるマンモス校です。

生徒数が多いため多くの人と交流する機会が多い学校です。

井川寛之さんの子供時代とご家族情報

井川寛之さんの子供時代や家族構成の情報をみつけることはできませんでした。

しかしながら、射撃を始めたのは父親の影響と話していることから父親と生活している・もしくは射撃を始める年齢までは一緒に生活していたと考えられます。

さらに出身校ではスポーツ選手が数多く卒業されているので、井川寛之さんも何かスポーツはしていたのではないかとも思われます。


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井川寛之さんの経歴

一般のアスリートからすると遅くから競技をはじめたものの、その活躍を世界レベルまで引き上げた井川寛之さん。

その射撃との出会いや経歴はどういったものだったのかご紹介します。

射撃との出会い

井川寛之さんが射撃を始めたのは、父親がもともと射撃をしていた影響でした。

大きな発砲音とともに発射された弾が、見事に標的に命中して粉々になる瞬間が魅力だと井川寛之さんは話しています。

井川寛之さんが何歳から競技に邁進したとの正確な情報はありませんでしたが、日本の法律では射撃目的の場合、空気銃は18歳から開始できます。

大学時代には全日本学生クレー選手権大会に2年連続で出場した、とありますので大学時代から始めたのではと推測できます。

経歴・エピソード

横浜商科大学に在学中には、全日本学生クレー選手権に2年連続出場。

ぎふ清流国体では個人の部において準優勝などの成績を残しています。

大学卒業後は株式会社モダンビルに就職。

活躍の場は世界へと広がっていきました。

カタール・ドーハで開催された第14回アジア大陸射撃選手権大会に出場、日本選手の最高順位で東京オリンピック代表に内定。

主な戦績

2017年のアジア選手権では、17位でした。

2019年世界選手権には3年連続の出場を果たしています。

2020年の全日本選手権では優勝。

日本の法律にのっとり競技を井川寛之が開始したのは、一般的なアスリートより遅い出発でした。

それにもかかわらず世界レベルの選手と肩を並べる、井川寛之さんの精神力・技術は目を見張るものがあります。


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まとめ:井川寛之の学歴・出身校と経歴

あまり情報が公開されていない方で、その真の実力や経歴の全容は不明な点が多い井川寛之さん。

クレー射撃のスキートという高難度の競技で素晴らしい成績を残し、なおも活躍し続ける井川寛之さんの学歴・出身校と経歴をご紹介しました。


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