島村智博の学歴や経歴を紹介!出身高校や大学情報(東京五輪フェンシングサーブル(男子))

フェンシングサーブルで東京五輪出場を決めている島村智博さん。

全日本選手権を4度制覇するなどを活躍を残しています。

今回は、そんな島村智博さんの学歴や経歴について紹介していきます。


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島村智博さんの学歴・出身校

ここからは、学歴や出身校を紹介していきます。

島村智博さんはどのように歩んできたのでしょう。

島村智博さんのプロフィール

  • 氏名:島村智博(しまむら ともひろ)
  • 生年月日:1984年2月13日
  • 出身地:東京都江戸川区
  • 身長:174cm
  • 体重:72kg
  • 血液型:O型

島村智博さんの学歴・出身校

見延和靖さんの最終学歴は専修大学です。

専修大学では経営学部を専攻しました。

専修大学のフェンシング部は1937年に創部され、トップレベルで戦う選手を輩出し続けています。

ライバル校はフェンシングの名門校である法政大学で毎年激しい戦いをしています。

高校は東京都にある東亜学園高等学校です。

文武両道を是とする校風で有名大学への進学率の高さと国体や世界大会などで戦える選手を多く輩出するなどの特色がある学校です。

フェンシングも全国で好成績を収めており、高校総体で何度も優勝をしています。

同校の出身者にはフェンシングで東京五輪に内定している吉田健人さん敷根崇裕さんがいます。

吉田健人さんの学歴や経歴はこちら

敷根崇裕さんの学歴や経歴はこちら

 

中学は江戸川区立葛西中学校です。

生徒数470人と大規模な中学校の出身です。

多くの部活動があり中学ではバスケットボール部に入部していましたが、当時は身長が低くフリースローも入りませんでした。

練習も厳しく挫折してしまい、1年生の頃に部活動はやめました。

小学校は江戸川区立葛西小学校です。

生徒数760人と大きな小学校の出身です。

葛西中学校とは同じ建物内にあり、非常に大きな学校です。

島村智博さんの子供時代とご家族情報

子供の頃からスポーツは大好きで様々なスポーツに挑戦しましたが、どれも長続きしませんでした。

小学校のときは水泳部に受付だけして、練習に参加せずシャワーだけ浴びて帰ることもありました。

家族は両親がいます。

家族に関する情報は公開されていませんでした。

現在はご結婚されて奥様と二人で生活しています。


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島村智博さんの経歴

ここまでは学歴や家族についてご紹介してきました。

高校からフェンシング強豪校に進学した吉田健人さん。

ここからは、フェンシングでの活躍を紹介していきます。

フェンシングとの出会い


フェンシングを始めたのは高校に入学した15歳のときからです。

東亜学園高等学校に入学し、フェンシング部の勧誘を受けたことがきっかけでした。

面白そうだからやってみようかと始めたフェンシングでしたが、どんどんとのめり込んでいきました。

経歴・エピソード

島村智博さんは高校に入学した15歳からフェンシングを始めました。

高校のフェンシング部に入部した同期は20人ほどで、フェンシング経験者は3人でした。

初心者ばかりだったので、最初は基本動作とスクワットを延々とやらされていました。

これまでどのスポーツも長続きしなかったこともあり、すぐ嫌になるかなと思っていました。

日々練習を続けやればやるだけ自分の形になっていく個人スポーツの魅力にハマり、基礎練習も苦になりませんでした。

地道に基礎練習を続け高校3年生になり、ようやく結果が伴い、出場した大会で入賞することもありました。

大学は指定校推薦で専修大学へ進学し、フェンシング部に入部しました。

当初はフルーレがメインでしたが、周りに強い選手が多く、団体戦のメンバーに入る力がないと判断し、サーブルに転向しました。

サーブルに転向するも最初は見様見真似で練習を続けました。

大学時代は目立った成績は残せませんでしたが、大学卒業後は指導してくれていたハンガリー人のコーチを頼り、単身でハンガリーに渡ります。

ナショナルチームとして活動し、各地の大会を転戦する日々を過ごしました。

当時は遠征費用などもすべて自分で工面する必要がありましたが、試合に出られることが嬉しく厳しい環境も乗り越えてきました。

2013年に日本サーブルのコーチにリー・ウェッチコーチが就任すると転機が訪れました。

自分では気づいていなかったフルーレの癖を指摘されました。

見様見真似でサーブルを習得していきましたが、一つ一つ理由も含め修正されることで納得しながら技術を向上させてきました。

その指導の成果はすぐに現れ、2013年に出場した全日本選手権では見事に初優勝し、その後2016年まで4連覇をする活躍を見せました。

国際大会にも出場するようになりますが、2016年のリオ五輪の最終予選に敗れ、年齢的にそろそろ限界と考え一時は引退も考えました。

しかし、「まだまだチャンスはあるから、練習を続けるぞと」とコーチの説得もあり競技を続ける決意をしました。

自分で作った限界を取っ払おうと、より厳しい練習を続けてきました。

2016年にはもともと痛めていた右膝の治療を行い、懸命なリハビリも行いました。

リハビリを続けていく中で、他の競技の選手達とも会話する機会が増え、毎日様々な刺激を受けました。

2019年に出場したアジア選手権では15位に入る活躍を残しました。

フェンシングの世界ランキングで日本勢3位にまで上り詰め、開催国枠で念願の東京五輪の出場権を獲得しました。

主な戦績

フェンシング・サーブル種目にて

  • 全日本選手権 4連覇
  • アジア選手権 15位

などの成績を収めています。

高校生の頃からフェンシングを始めて、基礎練習を積み重ねてきました。

大学卒業までは目立った成績はありませんでしたが、2013年に新しい指導者との出会いにより成績を伸ばしていきました。

地道な努力の結果、念願の東京五輪の出場権を獲得しました。

島村智博さんの今後の活躍にも注目していきましょう。


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まとめ:島村智博の学歴・出身校と経歴

今回の記事ではフェンシング・サーブル種目で東京五輪出場を決めている島村智博さんを紹介してきました。

高校からフェンシングを始め大学生までは目立った成績がありませんでしたが、地道な努力の結果、2013年から全日本選手権で4連覇を成し遂げました。

一時は怪我や年齢的なこともあり、引退を考えましたが周りの説得もあり競技を続けました。

地道にリハビリと練習を続け、世界ランキングで日本勢3位となり、東京五輪の出場権を獲得しました。

島村智博さんの今後の活躍から目が離せません。


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