脇本雄太の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪自転車トラック(男子))

脇本雄太さんは、今とても話題になっている競輪選手です。

2020年2月にドイツで開催された自転車トラック競技にて決勝で2位を獲得する偉業を成し遂げた実力者です。

競輪のオールスターファン投票でも2年連続で1位を獲得しています。

脇本雄太さんの魅力に迫ってみましょう。


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脇本雄太さんの学歴・出身校

高校の部活に気軽に入部して自転車競技を始めた脇本雄太さん。

そんな脇本雄太さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィール・出身校、子供の頃のエピソードや家族構成について見ていきましょう。

脇本雄太さんのプロフィール

氏名  脇本雄太 (わきもと ゆうた)
生年月日  1989年3月21日
出身地  福井県福井市
身長  180cm
体重  72.4Kg
血液型  A型

脇本雄太さんの学歴・出身校

脇本雄太さんの最終学歴は、福井県立科学技術高等学校です。

在学中から競輪活動をしており、2005年と2006年には国体に出場して「少年1Kmタイムトライアル」で優勝を果たしました。

高等学校卒業後は、競輪学校に実技試験免除で第94期生として入学し、現在は日本競輪選手会福井支部に所属しています。

脇本雄太さんは、大学には入っていません。

高校時代から競輪に熱を入れ多くの競技に参加し、その頃から競輪選手になることを決意していたようです。

もともと福井県立科学技術高等学校は、大学への進学者よりも企業への就職者の方が多いため、大学進学を目指す雰囲気でなかったのかもしれません。

この高校は男子新体操部が大会入賞するなどスポーツ名門校であるという側面もあります。

所在地は、福井県福井市下江守町にあります。

創立されたのは1907年のことで、福井県工業講習所として誕生しました。

エンジニアを育てる学校で、「よりよい社会をつくる人となろう」を教育信条としています。

部活動も盛んで、特にスポーツ部は4つの部がインターハイに出場しています。

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脇本雄太さんの出身中学は、福井市足羽中学校です。

の学校は、福井県福井市今市町にあります。

地域に根ざした教育を推進している学校で、ふるさとに貢献できる生徒を育成しています。

比較的、学校行事や部活動に力を入れています。

脇本雄太さんの出身小学校については、情報が公開されておりません。

しかし、出身中学が福井市足羽中学校であることを考慮すると、同じ学区である福井市麻生津小学校である可能性が高いと思われます。

脇本雄太の子供時代

脇本雄太さんは、あまり裕福な家庭の出身ではありません。

彼が小学校に通っていた時代に両親の離婚を経験し、その後は、お母さんにより育てられました。

脇本雄太さんは、子どもの頃はゲームが大好きでしたが、中学に進学すると科学に興味を持ち、科学部に在籍しました。

そして、毎日生物観察や化学実験などを繰り返していたそうです。

脇本雄太の家族情報

 

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脇本雄太さんの父親は彼が小学校の時に離婚してしまいましたので、父親に関するエピソードはありません。

彼の母親は看護師として働きながら、5人もの子どもをたった一人で育てた肝っ玉母さんです。

脇本雄太さんの家族構成は兄1人、姉1人、弟2人の5人兄弟です。

脇本さんの家庭は決して裕福ではありませんでしたが、脇本さんが高校2年生の時、自転車競技で活躍し始めると、40万円もする高額の自転車を買い与えてくれたというエピソードがあります。

生活が大変だったにもかかわらず、母親は「どんな状況でも決して諦めてはダメよ」と彼を応援してくれたそうです。

母親の言葉を受けた脇本さんは、高校生にしてオリンピック出場を考え始めたと語っています。

そんな、彼を支えてくれた母親も2011年に肝臓がんで亡くなってしまいました。

脇本雄太さんが22歳の時でした。

そんな状況で気落ちしてしまったのでしょうか、2012年のロンドンオリンピックの出場権は落選してしまいました。

その後、脇本雄太さんは2017年にめでたく結婚しました。

お相手は高野満里奈さんという女性で元レースクイーンだったそうです。

現在でもTwitterに写真が残っていますが、なかなかの美人さんです。


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脇本雄太さんの経歴

脇本雄太さんは、※※と呼ばれています。

そんな脇本雄太さんは、どのような経緯で××と出会い、どのような実績があるのでしょうか。

自転車競技との出会い

脇本雄太さんが、自転車を競技として始めたのは高校入学がきっかけでした。

元々は、科学が好きで入学した福井県立科学技術高等学校でしたが、友人からの誘いを受け気軽に自転車競技部に入部したそうです。

彼の担任の教師が自転車競技部の顧問であったこともあり徐々に熱意を持ち始めたようです。

毎日、ペダルを漕ぎ練習した脇本さんは、高校2年生の時に国民大会の少年1キロタイムトライアルで優勝、3年生の時にも同じ大会で1位に輝くという実力を見せつけました。

これを、一番よろこんだのは、彼の母親だったそうです。

そんな母親が2011年に亡くなってしまったことも、彼にとっては母のために勝ちたいと心に誓った出来事と言えるのではないでしょうか。

経歴・エピソード

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脇本雄太さんは、高校卒業と同時に、競輪学校に第94期生として入学しました。

国体での優勝経験が認められ、実技試験は免除だったようです。

多くの競輪選手は師匠というものがいるのですが、脇本雄太選手には師匠は存在していません。

競輪学校は11位の成績で卒業しました。

脇本雄太選手の走りの特徴は、レース開始直後からトップスピードで走行し、そのスピードを維持したまま走り抜けるというスタイルです。

高校時代から、国体で優勝できるレベルの強靭な足腰が自慢です。

また、2012年に高松宮記念杯競輪にて見せてくれた、残り1週半からのラストスパートは彼の粘り強さをとても感じます。

そんな彼も、2018年には壁にぶつかりました。

数多くの決勝戦に出場しながらもなかなかタイトルが取れないというジレンマに陥ったのです。

しかし、彼は諦めませんでした。

徐々に好成績を叩き出し、2020年には23年ぶりのオール1着を成し遂げました。

最近の出来事としては、2020年6月に、2021年開催予定の東京オリンピック自転車トラック種目の男子代表に内定しています。

主な戦績

脇本雄太さんの主な戦績は素晴らしいものです。

2008年7月には、福井競輪場でデビューしましたが、最初のレースで初勝利を獲得するという実力を見せつけました。

2009年には全日本自転車競技選手大会に強化チームの一員として参加し、チームを優勝に導きました。

同じ年には、UCIトラックW杯にて5位入賞を果たしています。

2012年には、高松記念杯競輪で2着、寬仁親王牌とオールスター競輪にて7着に入賞しています。

2014年にはアジア自転車競技選手権大会で優勝しています。

その後、2016年になるとトラック世界選手権にて5位入賞し、リオデジャネイロオリンピックの代表に選出されます。

2017年にはティソUCIトラックサイクリングワールドカップ男子ケイリンにて優勝しています。

彼の成績を見直してみると、改めて「トップ選手」なんだなと感じました。


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まとめ

脇本雄太選手は、母親の愛情のもとに育てられ、元々は平凡なゲーム付きの少年でした。

しかし、ひょんなことから自転車競技の世界に足を踏み入れ、24年の期間をへて正真正銘のトップレーサーになりました。

キレイな女性とも結婚できて人生の成功者となり、これからも自転車競技の世界で活躍が楽しみです。


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