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20世紀のしげと木本悠斗は大学進学無し!高校などの出身校と芸歴解明

この記事では、お笑いコンビ「20世紀」のしげさん・木本悠斗さんの学歴や出身校について紹介します。

ぽっちゃり体型でメガネがトレードマークのしげさんと、涼しげなイケメンの木本悠斗さんは、コントも漫才もできるコンビとして人気です。

20世紀が気になる方、結成のいきさつやエピソードを知りたい方はぜひお読みください。


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20世紀 しげの学歴・出身校

柄ものの服が好きで、派手なパンツをはいてコインランドリーで布団を洗濯中に、通りすがりの木本悠斗さんに「服でわかったわ」と見つかったことがあるしげさん。

大学から小学校までの学歴と、学生時代のエピソードを紹介します。

出身大学

しげさんは、大学には進学していません。

高校時代からお笑い芸人に憧れ、卒業後に相方の木本悠斗さんとその友人の3人で大阪に出てNSC入りをしています。

強い決意をもって大阪に出てきたと思われますので、情熱的なエピソードがありそうですね。

今後、どのように進路を決めたのかが明かされることに期待しましょう。

出身高校

しげさんの出身高校は、山口県立厚狭(あさ)高等学校です。

厚狭高等女学校を前身とし、学制改革により1949年に現在の県立厚狭高等学校となりました。

北校舎と南校舎があり、それぞれの距離が約1.5km離れているのが特徴です。

従来は北校舎で全日制、南校舎で全日制の一部と定時制の授業が行われていましたが、2022年からは全日制のすべての授業を北校舎で実施しています。

元NHK北九州局のアナウンサーで、現在は福岡を中心に活動しているアナウンサーの安部敏恵さんも、この学校の卒業生です。

学校名 山口県立厚狭高等学校
学科・コース 非公表
偏差値 45
所在地 〒757-0001 山口県山陽小野田市大字厚狭字束の原1660
※北校舎
最寄り駅 厚狭駅・・JR(山陽本線、美祢線)
※北校舎
公式サイトHP https://www.asa-nh.ysn21.jp/
著名な卒業生 安部敏恵(アナウンサー)

しげさんの高校時代

高校時代のしげさんは明るい生徒で、写真を撮られる時はいつもおどけた表情をしていました。

また、学業よりも遊びの思い出が強かったようで、SNSには「昼休みにはサッカーと野球のWebゲームに情熱を注いでいた」と明かしています。

他にも「テイルズ オブ ゼスティリア」というRPGゲームにハマっていたそうで、全力で高校生活をエンジョイしていたようです。

ゲームの腕前はどのくらいなのか、SNSなどで披露してくれるといいですね。

出身中学校

しげさんの出身中学校は明らかになっていません。

出身の山口県美祢市には公立中学校が6校あります。

・美祢市立伊佐中学校
・美祢市立厚保中学校
・美祢市立大嶺中学校
・美祢市立於福中学校
・美祢市立美東中学校
・美祢市立秋芳中学校

しげさんはSNSで「部活で秋芳中学校と試合をした」とつぶやいたことがあるため、それ以外の5校の出身である可能性が高そうです。

また、2015年にM-1に出場したコンビ「真夏のぼくら」の鉄穴司(かんなつかさ)さんと同じ中学だったこともSNSで明かしています。

今後、しげさんや鉄穴司さんから中学校の情報が出てくることに期待しましょう。

しげさんの中学校時代

中学時代のしげさんは、テニス部に所属していました。

当時からぽっちゃり体型だったしげさんですが、華麗なラケットさばきの写真をSNSにアップしています。

また、近隣の中学校との団体戦にも出場しており、負けたことを当時の同級生に申し訳なく思っているとも明かしました。

舞台での軽やかな動きが魅力のしげさんですが、当時の部活でのトレーニングが生かされているのかもしれませんね。

出身小学校

しげさんの出身小学校も非公開です。

美祢市の公立小学校は11校ありますが、市立秋芳中学校が校区になっている小学校を除くと、以下の9校に絞られます。

・美祢市立伊佐小学校
・美祢市立厚保小学校
・美祢市立大嶺小学校
・美祢市立麦川小学校
・美祢市立於福小学校
・美祢市立豊田前小学校
・美祢市立大田小学校
・美祢市立綾木小学校
・美祢市立淳美小学校

出身中学校が判明すれば小学校も特定できる可能性があります。

今後、小学校時代の思い出が明かされることに期待したいですね。

しげさんの小学校時代

しげさんは小学生の頃からアニメが好きで、テレビや雑誌に熱中している少年でした。

中でもあだち充さんのファンで、ほとんどの作品を読破しています。

独特の甘酸っぱい世界観が好きだとのことで、漫画やアニメの構成がネタ作りにも影響を与えているのでしょうね。


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20世紀 しげの経歴

子供の頃はネバネバした食べ物が苦手で、大人になってからオクラと山芋は克服したものの、納豆だけはいまだに無理だというしげさん。

どのような経歴の持ち主なのか、詳しく見ていきましょう。

芸人になったきっかけ

しげさんは高校生の頃から「お笑いをやりたい」とずっと思っていました。

高校2年生の時には木本悠斗さんと一緒に「下見」と称して大阪に旅行し、5upよしもとの舞台を観に行っています

その時に観たDr.ハインリッヒのコントに衝撃を受け、「自分はこんな厳しい世界でやっていけるのだろうか」と不安になったのです。

しかしお笑いへの憧れは消えることなく、高校卒業後の2012年に木本悠斗さんとその友人のかんなさんと3人で大阪に出て、NSC大阪校に35期生として入校しました。

芸人経歴

3人は入校後にトリオ「爆裂ローリン」を結成しましたがほどなく解散、その後も数カ月単位でコンビやトリオの結成と解散を繰り返しました。

2年後の2013年に木本悠斗さんとのコンビ「ロックンロールブラザーズ」を結成し、コント師として活動を始めます。

爆裂ローリン時代はしげさんが主にネタを書き、その文才は現在もnoteなどで発揮されています。

また、マメで家庭的なことでも知られ、100均グッズで台所をおしゃれにしたり、こまめに自炊して冷凍ストックを作ったりする様子を記したエッセイは多くのファンの心をつかんでいます。


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20世紀 しげのプロフィール

ドラッグストアで激安のボディーソープを発見し、勢いで買ってしまったものの「ボロボロ肌になったらどうしよう」と女子高生のように真剣に悩んだことがあるしげさん。

しげさんのプロフィールを見ていきましょう。

芸名 しげ(しげ)
本名 重本 卓也(しげもと たくや)
生年月日 1994年1月31日
出身地 山口県美祢市
身長 170cm
血液型 A型
立ち位置 向かって右

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20世紀 木本悠斗の学歴・出身校

爬虫類が好きで、子供のころから憧れていたベルツノガエルと一緒に暮らし、日々の出来事を話しかけては癒やされているという木本悠斗さん。

大学から小学校までの学歴と、学生時代のエピソードを紹介します。

出身大学

木本悠斗さんは、大学には進学していません。

現在の相方であるしげさんに誘われて高校卒業後に大阪に転居し、NSC大阪校に入校しています。

もしNSC入りを誘われていなかったら進学していたのか、それとも就職が決まっていたのかなど、聞いてみたいことはたくさんありますね。

今後、当時の思い出やエピソードが明かされることに期待しましょう。

出身高校

木本悠斗さんの出身高校は、山口県立小野田高等学校です。

1884年開校の学問所「如不乃堂」が起源で、近隣校との数度の統合を経て、1948年に現在の校名となりました。

長らく全日制と定時制の2課程が設置されていましたが、県による新たな定時制高校の発足により、2020年をもって定時制課程は生徒の募集を停止しています。

かつては「田高(だんこう)」と呼ばれていましたが、音の響きが似ていることから「だんご」に変わり、現在は校章にもだんごの形を模したものが採用されています。

山口県で誕生した大手総合化学メーカーの宇部興産(現:UBE株式会社)の創立者である俵田明さんも、この学校の卒業生です。

学校名 山口県立小野田高等学校
学科・コース 普通科
偏差値 56
所在地 〒756-0080 山口県山陽小野田市くし山1-26-1
最寄り駅 小野田駅・・JR(山陽本線)
公式サイトHP https://www.onoda-h.ysn21.jp/
著名な卒業生 俵田明(宇部興産の創立者)

木本悠斗さんの高校時代

高校時代の木本悠斗さんはクラブに入部せず、帰宅部でした。

当時は体重が80kgあり、かなり体格がよかったそうです。

成績もよく、国語では学年トップの成績を収めたこともあります。

さらに木本悠斗さんは「授業は覚える時間、ノートを取りながらでは覚えられない」がモットーでした。

しかし担任の先生からは「木本はノートを全く取らない」と目をつけられ、教室では常に一番前の真ん中の席に座らされていたそうです。

一生懸命に勉強しているのに誤解されるのは、ちょっと気の毒な気もしますね。

出身中学校

木本悠斗さんの出身小学校は、山陽小野田市立厚狭中学校です。

出身小学校の通学区域から、この中学校に進学したことがわかりました。

地域に愛着を持つ生徒の育成に力を入れており、地元行事の「どんど焼き」や、秋祭りへの参加などを積極的に行っています。

また、中学校としては珍しい高校との連携もあり、近隣の宇部商業高等学校のビジネスマナー講座に生徒が参加するなど、ユニークな取り組みが好評です。

学校名 山陽小野田市立厚狭中学校
所在地 〒757-0004 山口県山陽小野田市大字山川841番地
最寄り駅 厚狭駅・・JR(山陽本線、美祢線)
公式サイトHP https://sites.google.com/edu.cty-so.jp/asajhs2023
著名な卒業生

木本悠斗さんの中学校時代

木本悠斗さんは自分のことを「身体能力は高いが、ドンくさい」と分析しています。

中学1年生の頃は50m走で10秒台のタイムしか出ず、もっと速く走れるようになりたいと思っていました。

ある日の夜、木本悠斗さんは家を出て近くの川原を走りだしました。

結構速く走れていると思ったその時、近所の2歳年上のお姉さんが軽くジョギングしながら「ゆうと君!久しぶりー」と追い抜いて行ったのです。

木本悠斗さんはその時のことを「初恋だった」と明かしました。

今でもその時の川を見ると、甘酸っぱい思い出が蘇ってくるそうですよ。

出身小学校

木本悠斗さんの出身小学校は、山陽小野田市立厚狭小学校です。

明治時代に開校した古い歴史を持ち、開校150周年を記念して作られたオリジナルキャラクターの「ものみん」は、地域のシンボルである物見山と太陽をモチーフにしています。

学校からのお知らせ「あさ小だより」では、行事のお知らせだけでなく生活の豆知識も発信しており、楽しんで読めると保護者にも好評です。

学校名 山陽小野田市立厚狭小学校
所在地 〒57-0001 山口県山陽小野田市大字厚狭897-2
最寄り駅 厚狭駅・・JR(山陽本線、美祢線)
公式サイトHP https://sites.google.com/edu.cty-so.jp/asasho
著名な卒業生

木本悠斗さんの小学校時代

木本悠斗さんは山と川に囲まれた、自然豊かな環境で育ちました。

6歳ごろから近所で鳴いているカエルに興味を持ち、図鑑などで調べるうちに魅力に取りつかれていったのです。

5年生の時にペットショップで見かけたベルツノガエルに一目ぼれしましたが、数万円もするため買ってもらえず、仕方なく近所で捕まえたアマガエルなどを育てていました。

かわいがっていましたが冬になると冬眠してしまうため、その前に泣く泣く川に放していたそうです。

今では冬眠時の対処法もわかるという木本悠斗さんですが、当時は手に負えず、毎年残念な気持ちになっていたそうですよ。


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20世紀 木本悠斗の経歴

色紙に書くサインを考え、結構気に入っていたのに芸人仲間から「ゴキブリに見える」と言われてしまい、新しいサインをデザインしてもらったことがある木本悠斗さん。

どのような経歴の持ち主なのか、詳しく見ていきましょう。

芸人になったきっかけ

木本悠斗さんは中学生の頃にお笑いに興味を持ち、特にコントがお気に入りでした。

高校の頃からしげさんと一緒に大阪の劇場に行くなどしていましたが、自分が芸人になることは考えていなかったようです。

しかし、しげさんの熱心な誘いにより、中学時代の同級生を交えた3人で、高校卒業後に大阪に転居し、NSC大阪校の35期生として芸歴をスタートさせたのでした。

芸人経歴

NSCに入校後すぐに3人でトリオを結成しましたが、中学時代の同級生がすぐに脱退し、しげさんとコンビ「ガンキン」で活動を続けることになりました。

コンビ名は目まぐるしく変わっていますが、2013年からはしげさんとのコンビを継続しており、ボケとしてはじけたネタを披露するのが特徴です。

また、カエルマニアとして知られており、ネット上ではカエルに関する質問に答えるなど、独自の世界観を切り開いています。

これまでバーのバーテンダーなどさまざまなアルバイトを経験し、「いつもしげが同じバイト先について来る」とぼやいていますが、吉本内でもトップクラスの相方思いとしても有名です。


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20世紀 木本悠斗のプロフィール

インタビューで「チャームポイントは?」との質問に「八重歯です。ないけど」と答え、インタビューアーをフリーズさせてしまったことがある木本悠斗さん。

木本悠斗さんのプロフィールを見ていきましょう。

芸名 木本 悠斗(きもと ゆうと)
本名 木本 悠斗(きもと ゆうと)
生年月日 1994年1月5日
出身地 山口県山陽小野田市
身長 176cm
血液型 O型
立ち位置 向かって左

【20世紀】の結成

20世紀は吉本興業に所属するお笑い芸人で、ツッコミ担当のしげさんと、ボケ担当の木本悠斗さんのコンビです。

二人は山口県の出身で、同じ学校に通ったことはありませんが仲がよく、高校を卒業後に共通の友人を誘ってNSC大阪校でトリオ「爆裂ローリン」を結成しました。

しかし3ヶ月後に解散し、その後は結成と解散を繰り返します。

・2012年:爆裂ローリン(トリオ。地元の3人で結成)・・・3ヶ月後に友人が脱退
・2012年:ガンキン(コンビ。しげさん、木本悠斗さん)
・2012年:大熊猫(トリオ。同期の高塚クロコダイルさんが加入)・・・1か月後に解散
・2012年:ガンキン(再結成)
・2012年:大熊猫(再結成)・・・1年後に解散
・2014年:ロックンロールブラザーズ(ガンキン再結成と同時に改名)

目まぐるしく結成と解散、改名を繰り返していますが、しげさんと木本悠斗さんが別のユニットで活動したことはありません。

「ロックンロールブラザーズ」として5年活動後の2019年末に改名を思い立ち、木本悠斗さんが大好きな漫画『20世紀少年』にあやかり、ニッポンの社長の辻さんによって現在のコンビ名となりました。

ニッポンの社長の辻さん・ケツさんの学歴情報はこちら>>>

 

元々はコント中心で舞台に立っていましたが、漫才も面白いと評判で、2023年のM-1グランプリでは準決勝進出を果たしています。

狂気性を感じる木本悠斗さんのボケにしげさんが体当たりで突っ込んでいく芸風は、誰にでもわかりやすいと好評です。

まとめ

20世紀のしげさん、木本悠斗さんの学歴や出身校と経歴、コンビ結成のいきさつを紹介しました。

同じ地元から大阪に出てきて、売れない時に支え合いながら過ごしてきた二人は、これからも大阪で花を咲かせつつ山口のためにも何か役に立ちたいと語っています。

解散と再結成を繰り返してきたからこそ人の気持ちがよくわかり、笑いにつなげるネタが生まれるのでしょう。

コント師として、そして漫才師として大きな賞レースに挑む二人を応援していきたいですね。


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