aマッソ 村上はどっち?加納は?出身校(大学・高校・中学)と経歴も紹介

お笑い芸人

この記事ではお笑い芸人「aマッソ」の加納さんと村上さんの出身大学・高校・中学や経歴について、またコンビ結成のいきさつやお笑い芸人になるきっかけなども紹介しています。

幼なじみの二人がコテコテの関西弁で繰り広げる漫才は、ボケとツッコミが入れ替わることもあり、その過激さにハマる人が増加中です。

Aマッソが気になる方、プロフィールを知りたい方、お笑い好きの方はぜひこの記事をチェックしてみてください。


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aマッソの結成 村上はどっち?

Aマッソはワタナベエンターテインメントに所属のお笑い芸人で、ツッコミ担当の加納さんと、ボケ担当の村上さんのコンビです。

村上さんがどっちかというと、向って左が立ち位置です。

小学5年生の時にクラスメートとして出会った二人は、別々の高校と大学に進学しましたが、交流は続いていました。

就職活動をしていた村上さんに、「ふざけて生きていこうぜ」と加納さんが声をかけ、インディーズライブに出演したのが二人の芸人としての始まりです。

ライブでの活動が松竹芸能の関係者の目に留まり、特待生として2010年に事務所入りし、正式にAマッソが誕生しました。

2015年にはNHKのドキュメントバラエティー『爆笑ファクトリーハウス 笑けずり』で準優勝を果たし、業界関係者や先輩芸人からも注目されましたが、ブレイクには至りませんでした。

Aマッソのブレイクのきっかけとなったのは2020年の『THE W』で、披露した映像漫才が斬新だと評価され、その後レギュラー番組を獲得しています。

時に偏見も交えた、トガッたネタが特徴で、コントも漫才もできる女性コンビとして、テレビやラジオの他、それぞれが雑誌の連載を持つなど、インテリコンビとしても活躍中です。


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aマッソ 加納の出身校(大学・高校・中学)と経歴

クリッとした大きな目が印象的で「眼力強い系男前女子」と言われたこともある加納さん。

どのような学歴の持ち主なのか、プロフィールや芸人になったきっかけ、経歴について見ていきましょう。

加納さんの学歴・出身校

高校の部活では「コードネームで呼び合う」という謎のルールがあり、なぜか「ラム」と名付けられてしまった加納さん。

どのような学歴やエピソードを持っているのか、加納さんの学歴を大学から小学校まで順に紹介します。

加納さんの出身大学

加納さんは、同志社大学 商学部を中退しています。

1920年にプロテスタントの清教徒だった新島襄により設立され、関西では名門私大の一つとして人気の大学です。

加納さんの家庭は経済事情が苦しく、大学入学時には両親に「学費は大丈夫か?」とたずねています。

父親が「おめでとう」としか答えなかったため、そのまま入学した加納さんですが、実際は何ともなっておらず、学費を納められずに中退となりました。

加納さんは在学中には映画研究サークルに所属し、自主製作映画を作っていました。

学費と生活のためにバイトをしていましたが、サークル活動の出費もかさみ、とにかく食費を切り詰めて生活していた、と振り返っています。

「メイプル超合金」のカズレーザーさん、「ニューヨーク」の屋敷裕政さん、「レイザーラモン」の”HG“こと住谷正樹さんも、この大学の卒業生です。

ニューヨークの情報はこちら>>>

学校名同志社大学 ※中退
学科・コース商学部
偏差値62.5
所在地〒602-8580 京都市上京区今出川通烏丸東入
※今出川キャンパス
最寄り駅今出川駅・・京都市営地下鉄(烏丸線)
出町柳駅・・京阪電気鉄道(本線)
烏丸今出川バス停・・京都市営バス(51,59,102,201,203系統)
※今出川キャンパス
公式サイトHPhttps://www.doshisha.ac.jp/
著名な卒業生カズレーザー(メイプル超合金)・屋敷裕政(ニューヨーク)・住谷正樹(レイザーラモン)

加納さんの出身高校

加納さんの出身高校は非公開ですが、連載中のエッセイで、商業高校に通っていたと明かしています。

通っていた学校は大阪市立の商業高校で、私が入った商業科には男子生徒が三人しかいなかったため、ほとんど女子校のような状態だった。
引用: エッセイ | 行儀は悪いが天気は良い | Book Bang -ブックバン-

大阪市立の商業高校を調べると、以下の6校が該当します。

  • 大阪市立住吉商業高等学校
  • 大阪市立鶴見商業高等学校
  • 大阪市立淀商業高等学校
  • 大阪市立天王寺商業高等学校(※2014年閉校)
  • 大阪市立市岡商業高等学校(※2014年閉校)
  • 大阪市立東商業高等学校(※2014年閉校)

加納さんはバスケットボール部に所属し、小柄ながらも持ち前の運動神経の良さで活躍していました。

その経験が、舞台での機敏な動きに生かされているのかもしれませんね。

加納さんの出身中学校

加納さんの出身中学校は、大阪市立住吉中学校だと言われています。

同じく大阪市出身の「3時のヒロイン」の福田麻貴さんが、「加納さんとは隣の中学校だった」と明かしています。

福田麻貴さんは大阪市立住吉第一中学校の出身であることがわかっており、そのことから加納さんの出身校を絞り込めました。

加納さんは中学校でもバスケットボール部に所属し、村上さんと一緒に部活に打ち込んでいました。

タレントのラサール石井さん、元サッカー選手で、日本代表監督を務めた岡田武史さんも、この学校の卒業生です。

学校名大阪市立住吉中学校
学科・コース
偏差値
所在地〒558-0052 大阪市住吉区帝塚山西3-5-6
最寄り駅帝塚山駅・・南海電気鉄道(高野線)
粉浜駅・・南海電鉄(本線)
東粉浜停留場・・阪堺電軌鉄道(阪堺線)
帝塚山四丁目停留場・・阪堺電軌鉄道(上町線)
公式サイトHP大阪市立住吉中学校
著名な卒業生ラサール石井・岡田武史(元サッカー日本代表監督)

加納さんの出身小学校

加納さんの出身小学校は、非公開です。

大阪市阿倍野区に生まれた加納さんは、小学校3年生の時に住吉区に転居しました。

住吉区の小学校で村上さんと出会っていますので、入学したのは大阪市阿倍野区の公立小学校だったのではないかと思われます。

また、転校後の小学校は、出身中学校の校区によると

大阪市立住吉小学校
大阪市立東粉浜小学校

のいずれかの可能性が高いです。

加納さんは転校前の小学校ではいじめられていましたが、転校後は明るくなり、村上さんやクラスメートとカルテットでコントを披露するなど「面白い子」として人気者になりました。

当時は家が貧しく、学校で必要な備品が買えないなど、苦労したとも語っています。

加納さんの芸人経歴

実家の経済状況が苦しく、ランドセルを背負って大学に通っていた経験を持つ加納さん。

どのような経歴があるのかを見ていきましょう。

加納さんが芸人になったきっかけ

加納さんは小学生の時に、笑い飯の漫才に衝撃を受け、お笑いに興味を持つようになりました。

小学校ではいじめられっ子でしたが、小学3年生の時に転校し、5年生のクラス替えで現在の相方である村上さんと出会います。

村上さんとクラスメートの男子2人も加わったカルテットを結成し、クラス内で当時流行っていた『笑う犬の冒険』や、吉本新喜劇を意識したコントを披露していました。

大学に進学し、映画研究サークルに所属したものの、経済的な事情でやむなく中退した加納さんですが、幼なじみの村上さんとは交流が続いていました。

ある日、就職活動を始めた村上さんに「就活なんてしてんじゃないよ」と言い、インディーズライブに出ることを提案します。

「お笑いでなくても、何でもよかった。“何かしよう”ではなく、“村上と一緒に何かをしよう”という気持ちが強かった」と加納さんは当時を振り返っています。

加納さんの芸人経歴

インディーズライブで二人はすぐに頭角を現し、ライブを見た松竹芸能の関係者の目に留まることになり、2010年に特待生として松竹芸能タレントスクール大阪校へ入校しました。

翌2011年には早くも東京進出を果たし、順調にプロ芸人として歩み始めたかに見えましたが、事務所との意向の違いもあり、2013年に松竹芸能を退所しています。

慣れない東京で、フリーでの活動を余儀なくされましたが、ライブ仲間の芸人からワタナベエンターテインメントに誘われ、Aマッソは新たなスタートを切りました。

ネタ作りでは「女性コンビを押し出した“媚びたネタ”ではなく、純粋に面白いと笑ってもらえるものがしたい」との思いから、身近ながらジェンダーレスなテーマを多く手掛けています。

また、加納さんがつづる文章にもファンが多く、雑誌のエッセイが単行本化されただけでなく、文芸誌に短編小説を載せるなど、マルチな活躍を見せています。

加納さんのプロフィール

芸名加納(かのう)
本名加納 愛子(かのう あいこ) ※旧姓。現姓は非公開
生年月日1989年2月21日
出身地大阪府大阪市阿倍野区 ※ 育ちは大阪市住吉区
身長155cm
体重46kg
血液型B型
立ち位置向かって右

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aマッソ 村上の出身校(大学・高校・中学)と経歴

「私には何も悩みがない」と気づき、そのことに悩んだことがあるという村上さん。

どのような学歴の持ち主なのか、プロフィールや芸人になったきっかけ、経歴について見ていきましょう。

村上さんの学歴・出身校

ホームセンターで買ったおそろいの安物自転車で、加納さんと一緒にあてのないサイクリングをしたこともある村上さん。

どのような学歴を持っているのか、村上さんの学歴を大学から小学校まで順に紹介します。

村上さんの出身大学

村上さんの出身大学は、阪南大学です。

大阪府松原市にある私立大学で、日本一高い構想複合ビルの「あべのハルカス」内にもキャンパスがあります。

川崎フロンターレの脇坂泰斗さんをはじめ多くのプロサッカー選手を輩出しており、お笑い界では、プラス・マイナスの兼光タカシさんもこの学校の卒業生です。

村上さんの所属学部は非公開ですが、学生時代にはバイト先で知り合った彼氏がいました。

また、卒業後は就職を目指してかまぼこ工場のインターンシップに参加したこともあると明かしています。

学校名阪南大学
学科・コース
偏差値37.5~42.5
所在地〒580-8502 大阪府松原市天美東5-4-33
※本キャンパス
最寄り駅河内天美(阪南大学前)駅・・近畿日本鉄道(南大阪線)
河内天美駅前バス停・・南海バス(9系統)
※本キャンパス
公式サイトHPhttps://www.hannan-u.ac.jp
著名な卒業生兼光タカシ(プラス・マイナス)・脇坂泰斗

村上さんの出身高校

村上さんの出身高校は、非公開です。

加納さんと同じ高校への進学を希望していましたが、学力が足りず断念したことがわかっています。

村上さんはスポーツが得意で、バスケットボール部に所属していました。

他にも少林寺拳法やスノーボード、トランポリンなど様々なスポーツ経験があると明かしています。

今後、新しいエピソードが公開されるのを待ちましょう。

村上さんの出身中学校

村上さんの出身中学校は、大阪市立住吉中学校です。

相方の加納さんとは家が近かったことから、いつも一緒に通学し、部活も同じバスケットボール部に所属していました。

加納さんと漫才を披露したこともありましたが、「大阪という土地柄か、周りにも漫才をする子はいたので、自分たちが”特別面白いヤツ”ではなかった」とインタビューで答えています。

村上さんの出身小学校

村上さんの出身小学校は、非公開です。

出身中学校の校区で調べると、

  • 大阪市立住吉小学校
  • 大阪市立東粉浜小学校

のいずれに通っていたと思われます。

3年生の時に転校してきた加納さんとは、5年生の時に同じクラスになり、意気投合します。

同じクラスだった男子のイザワ君、ツジ君と4人でカルテットを結成し、テレビのコント番組をまねては教室で披露し、皆を笑わせることに喜びを感じていました。

また、当時から運動神経が良く、今でも「足はちょっとだけ速い」ことが取り柄の一つだと語っています。

村上さんの芸人経歴

「芸人になっていなかったら、バックパッカーになっていたかもしれない」と語る村上さん。

どのような経歴があるのかを見ていきましょう。

村上さんが芸人になったきっかけ

村上さんは小学校で加納さんと出会い、M-1グランプリで見た笑い飯の漫才をきっかけに意気投合しました。

クラスではネタを披露し、同級生を笑わせていましたが、自分が芸人になろうとは考えていませんでした。

大学卒業を控え、就職活動をしていた時に加納さんから誘われ、インディーズライブに出演を始めます。

当時のことを村上さんは「誘われてうれしかった。二つ返事でOKした」とインタビューで答えています。

インディーズライブでは女性コンビらしからぬ攻めたネタが話題となり、松竹芸能に特待生として迎えられたのでした。

村上さんの芸人経歴

勢いに乗って2011年には東京進出を果たしますが、松竹芸能との行き違いもあり、ワタナベエンターテインメントに移籍します。

東京では加納さんと同居し、加納さんがネタを書いている間にバイトに出かけ、生活費に充てるという日々もありました。

お笑いだけで生活できるようになったのはその数年後で、2016年と2017年にはM-1グランプリで準々決勝進出を果たしました。

加納さんが作った過激になりがちなネタを、とがり過ぎないように関西弁を使ってフォローし、ファンからは「村上ちゃんの笑顔に癒される」との声も聞かれます。

現在はコンビでの活動の他、NHKの音楽番組『シブヤノオト』でナレーションを担当するなど、活動の幅を広げています。

村上さんのプロフィール

芸名村上(むらかみ)
本名村上 愛(むらかみ あい) ※旧姓。現姓は非公開
生年月日1988年6月16日
出身地大阪府大阪市住吉区
身長155cm
体重46kg
血液型AB型
立ち位置向かって左

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まとめ

今回は、Aマッソの学歴や経歴、芸人になったきっかけについてご紹介しました。

小学校からの幼なじみは「ふざけよう」をきっかけに芸人への道に進み、女性としては珍しい「偏見と皮肉」を得意とするコンビに成長しました。

「売れてへんのやから、捨てるものは何もない」と言い、過激な面白さを追求した結果、そのスタイルが支持されて、人気芸人の仲間入りを果たしました。

過去には不適切な発言を非難され、テレビや賞レースへの出演を自粛した時期もありましたが、その間に培った執筆活動やナレーションの技術でファンをつかんでいます。

気心が知れている二人だからこそ成立する、毒のある笑いはこれからも私たちに刺激を与えてくれることでしょう。


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