堂安 律【背番号10】の学歴や経歴を紹介!出身高校や大学情報(東京五輪サッカー(男子)MF )

東京五輪サッカー(男子)MFの堂安 律さんは、高校卒業と同時に海外のチームでプレーし、20歳で日本A代表に選出された選手です。

そんな堂安 律さんは、どんな経歴でどこの出身なんでしょうか。


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堂安 律さんの学歴・出身校

堂安 律さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

堂安 律さんのプロフィール

氏名  堂安 律(どうあん りつ)
生年月日  1998年6月16日
出身地  兵庫県
身長  172cm
体重  70kg
血液型  A型

堂安 律さんの学歴・出身校


堂安 律さんは、向陽台高等学校が最終学歴になります。

向陽台高等学校は、大阪府茨木市にある私立の通信制高校です。

サッカー選手の卒業生も多く、元日本代表の稲本潤一さんや宇佐美貴史さんがOBです。

ただ、元々入学した高校は、追手門学院高等学校でした。

入学したものの、当時既にガンバ大阪ユースで主力となっており、高校1年生でUー16日本代表にも選ばれていたので通学するのが難しく、通信制へ転校することになりました。

追手門学院高校は、ガンバ大阪ユースの選手たちが多数在籍していることでも有名です。

中学は尼崎市立小田南中学校を卒業しました。

小田南中学校は兵庫県尼崎市にある公立の中学校です。

中学ではサッカー部ではなく、数々のユースチームからオファーがあり、最終的にガンバ大阪ユースでプレーすることを決断しました。

中学3年生時に、スペイン遠征に行ったことで海外でプレーすることを夢として持つきっかけにもなっています。

小学校は尼崎市立浦風小学校に通っていました。

浦風小学校は兵庫県尼崎市にある公立の小学校です。

サッカーはこの頃すでに始めていて、クラブのコーチからは「常に1番を目指してトップに上がれ」と言われ続けるほど、幼いながらもセンスを感じさせていたのです。

堂安 律さんの子供時代とご家族情報

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堂安 律さんは兵庫県尼崎市で生まれ、高校まで過ごし、その後は海外に移ってプレーされています。

普段はどこにでもいる男の子と変わらないが、サッカーになると人が変わったかのように負けず嫌いが前面に出ることが度々ありました。

練習試合で負ければ必ず泣いて悔しがり、帰宅してから夜遅くまでその日できなかったことができるまで練習し、母親から止められるほどでした。

家族について、父親の情報は全く公開されていませんでした。

母親は美幸さんといい、堂安 律さんをサッカー教室へ毎回送り迎えするなど、前面的に協力しています。

堂安 律さんは兄が2人おり、末っ子にあたります。

長男は8歳上の麿(まろ)さんといい、幼少期にサッカーをしていた情報のみ公開されていますが、現在の活動などは残念ながらわかりませんでした。

次男は3歳上の憂(ゆう)さんで、2021年1月までプロサッカー選手として活動していました。

現在は小学校6年間通っていたサッカー教室、クーバー・コーチング尼崎校でコーチをされています。

兄の憂さんは大学生時から、将来はサッカーを教えたいなと思っていたので、引退後は自然と指導者になることを決断しています。

ちなみに現在のサッカー教室でコーチすることを勧めたのはご家族とのことで、律さんも背中を押したのかもしれませんね。


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堂安 律さんの経歴

堂安 律さんは高校卒業と同時期に海外へ渡り、世界を股にかけて活躍しています。

そんな堂安 律さんですが、どのような経緯でサッカーと出会い、どのような実績があるのでしょうか。

サッカーとの出会い


堂安 律さんがサッカーと出会ったのは3歳の時です。

兄2人が通っていた浦風FCというサッカーチームについていき、初めてサッカーボールに触れてみると誰よりも上手だったのが始まりです。

経歴・エピソード

9歳までは浦風FCでサッカーを楽しみながら習っていました。

10歳からはよりレベルの高いところでサッカーをしたいと思い、セレッソ大阪アカデミーのテストを受けましたが、残念ながら落ちてしまい、サッカーで初めての挫折を味わいます。

ただ、そこでめげるわけではなく6歳から並行して通っていた、現在、兄の憂さんがコーチをするサッカー教室・クーバーで腕を磨き、強豪の西宮SSでプレーすることを決断しました。

ちなみにクーバーで当時、堂安 律さんのコーチしていた鈴木さんはすでにプロで活躍すると確信していました。

西宮SSに入団し、当時コーチをしていた早野陽さんとの出会いが、サッカー人生の一つの原点になっていると堂安 律さんは語っています。

早野陽さんにはサッカーの指導のみならず、生活面からサッカーに対する心持ちまで教えてもらいました。

当時からセンス抜群で、早野陽さんは常々「何事も1番を目指してトップに上がれ」と堂安 律さんに言い続け、この言葉は今でも胸に刻んでプレーしています。

中学進学の際には数々のユースチームからオファーがあり、そこにはセレッソ大阪からも声がかかったそうですが、10歳の時に落とされたことがまだ悔しくて即答で断るほど負けず嫌いな一面があります。

数ある中からガンバ大阪ユースに入団し、すぐにチームの主力として活躍します。

それからの躍進は凄まじく、中学2年生時にU−15の全国大会で日本サッカー史上初の3冠を圧倒的な強さで達成しました。

高校1年生になるとU-16日本代表に初選出され活躍し、高校2年生時にはガンバ大阪史上最年少(16歳11ヶ月18日)でトップチームで出場を果たしています。

2016年10月のAFC U-19選手権では主力として活躍し、優勝と大会優秀選手、さらにU-20ワールドカップ出場権獲得と多大なる栄冠を手に入れ、その年のアジア年間最優秀ユース選手賞を受賞し、知名度を一気に上げることができました。

そして、2017年6月にガンバ大阪から期限付きではあるが、オランダ1部リーグ・フローニンゲンへの移籍が決まり、海外でのプレーする夢を叶え、翌年には完全移籍します。

2019年には同じオランダ1部リーグのPSVと5年契約を締結させています。

その間に日本のA代表にも定着し、名実ともに日本トップ選手の仲間入りを果たしました。

主な戦績

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堂安 律さんは幼少期から抜群のセンスと、負けず嫌いな性格から人より多く練習し、多くの栄冠を手に入れてきました。

その主な戦績は以下の通りです。

  • 2016年 AFC U-19選手権大会 優勝・アジア年間最優秀ユース選手賞
  • 2017年 FIFA U-20ワールドカップ 出場
  • 2018年 キリンチャレンジカップ 出場
  • 2019年 AFCアジアカップ 2位

2018年からは日本A代表として活躍することも多くなっています。

その年の「コパ・トロフィー」と言われる世界の21歳以下の超逸材に、2018年ワールドカップで優勝に貢献し、その名を全世界に轟かせたキリアン・エムバペ選手と肩を並べるかのようにノミネートされています。


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まとめ:堂安 律の学歴・出身校と経歴

今回は、東京五輪サッカー(男子)MFの堂安 律さんについてご紹介しました。

持ち前のサッカーセンスと負けず嫌いな性格から誰よりも多く練習し、恩師・早野陽さんと小学生で出会ったことが、サッカー人生を飛躍させる原点になっています。

今もなお「トップを目指せ」という言葉を胸に世界一の選手になれるようチャレンジし続けています。

日本人初のバロンドールを受賞する日は、そう遠くないかもしれません。

今後の堂安 律さんの活躍に目が離せません。


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