山内 梓の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪アーチェリー(女子))

東京五輪アーチェリー(女子)の山内梓さんは、競技歴わずか7年にして五輪代表の座を射止めたことから、アーチェリー界の“シンデレラガール”と呼ばれています。

そんな山内梓さんは、どんな経歴でどこの出身なんでしょうか。

そこで山内梓さんの学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪アーチェリー(女子))をご紹介します。


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山内梓さんの学歴・出身校

山内梓さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

山内梓さんのプロフィール

  • 氏名:山内梓(やまうちあずさ)
  • 生年月日:1998年9月11日
  • 出身地:静岡県浜松市
  • 身長:159㎝
  • 体重:46㎏
  • 血液型:不明

山本梓さんの学歴・出身校

山内梓さんの最終学歴は近畿大学経営学部です。

近畿大学は、古川高晴さんや蟹江美貴さん、川中香緒里さんなど著名な選手を輩多数出しているアーチェリーの強豪校です。

高校は静岡県立浜松商業高等学校を卒業しました。

通称「浜商(はましょう)」と呼ばれる浜松商業高等学校は、運動部が盛んな学校で、アーチェリーを始め、水泳、陸上、硬式野球、軟式野球などが全国大会に出場しています。

出身の中学校は浜松市立与進中学校です。

山内梓さんは、中学時代は卓球部に所属していました。

出身小学校の情報は公開されていませんが、中学の学区から、浜松市立与進小学校か、与進北小学校のどちらかであると思われます。

山内梓さんの子供時代とご家族情報

山内梓さんの子供時代に関しては、出身が静岡県浜松市であること、中学の時は卓球部であったこと以外はあまり知られていません。

家族構成は、両親と姉2人、祖母の6人家族です。

父親は勇二さんといい、地元の浜松で自動車工場を経営しています。

勇二さんは、近所の畳店から畳をもらって的を作り、自宅の車庫に娘のための簡易練習場を準備するなど、娘の選手活動を支える優しい父親です。

母親や姉、祖母についての情報は、残念ながらほとんど公開されていませんが、2人の姉のうちのどちらかが、弓道をやっていたことは分かっています。

山内梓さんは家族について、大変な時には『気負わないで、いつも通りに』という励ましのメッセージを送ってくれると語っています。

また、父親の勇二さんによると、東京五輪の最終選考は、家族で自宅からライブ配信を観戦して応援をしたということです。

家族みんなで山内梓さんを支えてきたことがよくわかります。


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山内梓さんの経歴

東京五輪アーチェリー代表選手の中で、競技歴が最も短いという山内梓さんですが、どのような経緯でアーチェリーと出会い、どのような実績があるのでしょうか。

アーチェリーとの出会い

中学時代は卓球部だった山内梓さんがアーチェリーを始めたのには、弓道をやっていた姉の影響がありました。

高校に入学したら弓道部に入ろうと思っていたのですが、進学先の浜松商業高校には弓道部がなかったため、アーチェリー部に入部することになります。

経歴・エピソード

アーチェリー部に入部した当初の山内梓さんは、同級生の中で一番上達が遅く、新人大会にも出場できませんでした。

それでも地道に練習を続け、2年の夏には高校総体に出場できるまでになります。

初出場の高校総体では、団体決勝1回戦の延長戦で大きく的を外してしまい、先輩の引退試合を、自分の失敗で終わらせてしまうという屈辱を味わいます。

しかしこの悔しさをバネに、翌年は団体戦優勝を勝ち取ります。

この頃の活躍が、近畿大学の山田秀明監督とコーチの目に留まり、高校卒業後はアーチェリーの名門近畿大学へ進学、元シドニー五輪韓国代表金メダリストである金コーチの指導を受けるようになります。

大学では、フォームをゼロから見直したため、初めは成績が伸び悩みますが、次第にフォームが安定してくると成績も徐々に上がっていきました。

その努力は徐々花を咲かせ、わずか数年で、東京五輪の代表候補として、最終選考に残りました。

ところが、東京五輪が新型コロナウイルスの影響で、1年延期になることが決まると、最終選考も延期となってしまいます。

大学の練習場が閉鎖され、思うように練習ができない時期があり、練習が再開されても、他の部員との入れ替わり制のため、十分な時間が取れない日々が続きます。

加えて秋には、就職を希望していた企業から、業績悪化を理由に採用を見合わせる旨の連絡が届き、卒後の進路についての不安も抱えます。

想定外の状況が続く中、「物事をプラスに捉えれば成長するはず」という近大山田監督の言葉を胸に、できることを精いっぱい行ってきました。

いよいよ最終選考会まで1週間という時には、左肩に痛みが出るというアクシデントに見舞われます。

検査の結果、筋肉の損傷であることが判明し、ドクターストップがかかりますが、痛み止めを使用しながら選考会に出場することを決意します。

こうして迎えた最終選考では、候補者5人の中で最も競技歴が短く、体格も小さいという不利な条件に加え、左肩の痛みという爆弾を抱えながら、見事に東京五輪代表の座を射止めました。

その後、肩の痛みも改善、大学卒業後は母校近畿大学の職員として、アーチェリーを続けていけることも決まります。

主な戦績

山内梓さんは、東京五輪の日本代表選手の中では、最も競技歴が短く国際大会の出場経験もほとんどありません。

その主な戦績は、高校3年の時の全国高校総体団体戦の優勝と2019年の全日本学生個人選手権での優勝、2019年初めて日本代表として出場したユニバーシアード8位というものです。

このように決して経験値が高いとは言えない山内梓さんが、五輪の代表選手になったというのは、まさに“シンデレラストーリー”と言っていいでしょう。


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まとめ:山内梓の学歴・出身校と経歴

今回は、山内梓の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪アーチェリー(女子))についてご紹介しました。

山内梓さんは、アーチェリー歴わずか7年にして五輪への切符を手にしました。

しかしここまでの道は決して容易ものではありませんでした。

特に新型コロナウイルスの影響で東京五輪が延期となった後の1年は、練習環境や卒業後の進路、五輪候補としての重圧など、様々な困難がありました。

ようやく迎えた最終選考は、直前で肩の故障というトラブルにも見舞われます。

こうしたプレッシャーの中で、他の有力選手を抑えて五輪代表の座を射止めた山内梓さん。

アーチェリー界に彗星のごとく現れたシンデレラガールの、今後の活躍に期待したいと思います。


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