向翔一郎の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪柔道90kg級(男子))

東京五輪柔道出場選手の向翔一郎さん。

父親が柔道の師範であったため4歳から柔道を始め、小学校時代には才能の一端をみせていた向翔一郎さんはどんな経歴でどこの出身なんでしょうか。

そこで向翔一郎の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪柔道90kg級(男子))についてご紹介します。

 


スポンサードリンク

向翔一郎さんの学歴・出身校

1996年2月10日生まれで富山県高岡市出身の向翔一郎(むかい しょういちろう)さん。

身長は178cm で体重90kg、血液型はO型。

向翔一郎さんの最終学歴は日本大学卒業です。

大学を卒業後にALSOC(綜合警備保障株式会社)に所属しました。

実は向翔一郎さんご本人の希望では、大学に進学後は柔道を辞めアメリカンフットボールを始めたかったそうです。

しかし、高校3年生の時に出場したインターハイを観戦していた日本大学の柔道部にスカウトされたので再び柔道に向き合うのでした。

その結果全日本ジュニア柔道体重別選手権大会90kg級では優勝を飾りました。

出身の高校は高岡第一高等学校です。

富山県にある高岡第一高校はアスリートを多数輩出していることでも、有名ですが私立校の中でも学力的にはトップクラス。

いい大学に入るために高岡第一高校を選ぶと言われるほど学力向上にも力を入れているようです。

高岡第一高校卒業生には向翔一郎さん以外にも有名人が居ます。

バレーボール選手の王金剛さん。

バスケットボール選手では現役を退かれた方もおられますが、吉村隆宏さん・本田純平さん。

俳優の風吹ジュンさん。

その他野球選手の方が引退した方も含むと多く卒業されています。

・吉田浩さん・金平将至さん

・高橋聡文さん・森本龍弥さん

・森隆峰さん・田畑一也さん

・矢地健人さん

実に11名も輩出されているんですね。

出身の中学校は雄山中学校です。

この中学校は富山県中新川郡立山町にある町立の中学校で元プロのサッカー選手だった野嶋 良さんも卒業しています

出身の小学校は公開されていませんでしたが小学校1年生の時に新潟へ移住したと有りますので、新潟県の小学校であると思われます。

同時に白根柔道連盟凰雛塾に所属。

 

向翔一郎さんには、4歳年上に姉の向奈津美さんがおり、向翔一郎さんが柔道を始めるきっかけになったお姉さんです。

山梨学院大学柔道部出身の向奈津美さんも柔道全国高校体重別選手権で全国2位の経歴を持つ総合格闘技選手です。

総合格闘技の成績としては2014年全日本選手権大会56kg級で優勝、世界選手権では4位。

現在は食事アドバイザーや講演を行っています。

また結婚、出産もされ今はお母さんとしても頑張られているそうです。

 

向翔一郎さんの父親は柔道の師範である向吉嗣さんです。

向翔一郎さんは小さい頃から運動神経がすごく良かったです。

父親の向吉嗣さんはそれをいち早く見抜きました。

そして様々なスポーツを経験させ、向翔一郎さんに一番合うものを伸ばそうとの教育方針をもっていたそうです。

当時はプロ野球選手も候補に入っていて、向翔一郎さんとキャッチボールをしたエピソードも披露されています。

練習が休みの日には一緒に水泳もされたことがあるそうです。

家族仲はかなり良いことが伺えますね。

 


スポンサードリンク

向翔一郎さんの経歴

 

この投稿をInstagramで見る

 

Takuma Kinoshita(@takuma_trra_)がシェアした投稿

向翔一郎さんといえばかなり低い体勢から一気に担ぎ上げ投げ飛ばす、左背負い投げで有名です。

その向翔一郎さんの経歴を見ていきたいと思います。

小学校1年生の時に新潟県に引っ越ししたことで白根柔道連盟に所属し、柔道に取り組むようになります。

それでも3年生までは自由な練習をさせてもらえた事と、あまり期待されておられず向翔一郎さんのお父さんもこのころは柔道をさせるつもりはなかったそうです。

むしろ、色々なスポーツに触れさせ向翔一郎さんに合ったスポーツを選ばせようと考えておられました。

向翔一郎さんも「練習に行かなければならない」という程度で練習に行ってたと話されています。

お父さんの気持ちが変化し、向翔一郎さんに柔道を本気でさせようと考えたのは向翔一郎さんが小学校4年生の時でした。

向翔一郎さんが初めて全国大会に出場したことでお父さんは一気に向翔一郎さんを柔道家にしようと考えたのです。

そこから厳しい練習の始まりで、その甲斐あってご本人談では「小学校4年くらいが自分の強さのピークだった」と言われています。

ここから柔道選手の向翔一郎さんが誕生しました。

中学校時代の向翔一郎さんは無名の存在で、雄山中学に転向する前は東京の講堂学舎という私塾に所属していました。

講堂学舎への所属を決めたのは、向翔一郎さんが小さいころから慕っていた凰雛塾の先生が、講堂学舎の先生になったからでした。

この講堂学舎に所属していたことが向翔一郎さんの中学校での向上心の妨げになったとはご本人談。

練習もなかなか真剣に取り組むことがなくなり心の中には「講堂学舎に所属していた」という思いがあったのでした。

向翔一郎さんが高岡第一高校に入学した時には柔道に対する情熱が冷めていました。

講堂学舎に所属していたことで有名人のようになり、練習も真面目に取り組まなくなっていたとご本人の談にもあります。

この時向翔一郎さんを柔道へと引き戻したのは、高校進学後に出場した新人戦でした。

中学時代、かつては圧倒的な差をつけて快勝した選手相手に敗戦を喫してしまったのです。

この時初めて向翔一郎さんは自分が柔道界において、現在どの程度かを知りました。

またこの後に幼少期から向翔一郎さんを可愛がっていた監督が癌を患われ亡くなってしまいます。

このことで向翔一郎さんはかけてくれた期待に応えられなかったと大変悔やみ、もう一度柔道を本気で取り組もうと決心されました。

結果2014年、翌2015年の選手権大会90kg級では優勝二連覇を果たします!

主な実績としては以下の通りです。

2014年9月翌2015年9月の全日本ジュニア体重別選手権大会二連覇を皮切りに輝かしい経歴がはじまります。

・2019年4月開催の全日本選抜体重別選手権大会も優勝。

・2020年2月のグランドスラム・デュッセルドルフでは3位。

2015年から2019年の間にも数々の優勝、入賞を飾られています。

向翔一郎さんは2019年に出場したGPブタペスト大会で左足を痛めました。

ご本人は「畳に足が引っ掛かたんだ。そこに相手選手の足が思いっきり当たったんだ」との談。

この時、負傷したまま決勝まで勝ち進みますが2018年世界王者のニコロズ・シェラザシビリに敗れます。

ご本人はここまで勝てたのは「怪我をしたことで集中できた」と話されました。

また前年世界王者の前に敗れたことは「じっくりやれば勝てた。悪い癖が出たんだ」とも話されています。

実はこの後の検査では左足中足骨折という怪我でした。

しかし8月6日には乱取りに参加され、練習にも取り入れているキックボクシングもされています。

「全然問題ない」と言われ全快のようです。

 

骨折をされても勝ち進む向翔一郎さんの気迫は凄まじいものですが、やはり怪我をされていなかったら優勝できたのではないかと思ってしまいます。

ご本人は「我慢の柔道をする」と話されこれからの柔道に活かしていくとお話されていますので、やはりこれからが楽しみです。


スポンサードリンク

向翔一郎さんのネットの反応

 

ネットでは向翔一郎さんを応援するコメントや過去の経歴を讃える投稿が目立っていました。

写真からも勝とうとする意志を感じる気迫が漂ってきて必ず日本を勝利へと導いてくれる気がしますね。

今度の東京五輪も期待できそうです!

 


スポンサードリンク

まとめ:向翔一郎の学歴・出身校と経歴

今回は、向翔一郎の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪柔道90kg級(男子))ついてご紹介しました。

柔道家の父親と、総合格闘技選手の姉を持ち4歳から柔道を始めた向翔一郎さん。

なかなか柔道に対し一本気になれなかった大学生まででしたが、生まれついて持っている才能とはふとしたことで開花されるんだと思いますね。

しかしそれでも才能だけでなく、努力をしないと勝ち続けられないことを体感された向翔一郎さん。

柔道の練習にキックボクシングを取り入れるなど、柔道界の異端児とも囁かれています。

変わった手法でどんどん勝ち進んでいく向翔一郎さんは日本の柔道をいい意味で見方を変えてくれる方です。

髪型も柔道家らしくないオシャレで芸人のカズレーザーさん似だと噂。

しかし、紆余曲折してつかみ取った素晴らしい経歴はまさに東京五輪柔道でも「あ!」と思うような試合をしてくれそうですね。


スポンサードリンク