東京五輪バドミントン出場選手候補の桃田賢斗さん。
2019年世界選手権金メダルを獲得した桃田健斗さんはどんな学歴でどんな経歴なんでしょうか。
今回は、桃田賢斗の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪バドミントン(男子))についてご紹介します。
桃田賢斗さんの学歴・出身校
様々な大会で活躍されている桃田賢斗さんですが、学歴や出身校は気になりますよね。
ここでは、桃田さんのプロフィールや学歴・出身校、家族について書いていきますよ。
桃田賢斗さんのプロフィール
氏名 | 桃田賢斗(ももたけんと) |
生年月日 | 1994年9月1日 |
出身地 | 香川県 |
身長 | 175cm |
体重 | 72キロ |
血液型 | A型 |
桃田賢斗さんの学歴・出身校
桃田さんは大学に行ってません。
理由は、高校ですでに実業団相手に対戦をしていたからです。
そして高校卒業後、大学よりもっとレベルの高い実業団に入ることを決めました。
高校は福島県立富岡高等学校を卒業しました。
福島県立富岡高等学校は、現在休校中です。
2011年3月の東日本大震災の原発爆発事故で現在も「避難準備地区」に入っており、休校になっています。
また元気で生徒が挨拶する日々が戻ってくる日を祈ります。
同じ高校の卒業生には、同じバドミントン選手の大堀彩さんや仁平菜月さんがいます。
高校在籍中に東日本大震災に遭った桃田さん。
原発事故の避難準備地区に入った学校は入ることができなくなり、近くの高校や公共施設で場所を間借りしながら授業を受けました。
思いっきり練習ができないなか練習を積み重ね、高校卒業時には世界ランク50位まで上りました。
こんな厳しい環境のなか結果を出す桃田さんの力強さに驚きです。
中学校は、福島県富岡町立富岡第一中学校です。
桃田さんは、12歳から寮生活でした。
理由はバトミントンに専念することを決めて、実家の香川県から福島県に引っ越しをしました。
しかし、ホームシックに1度もかかることはありませんでした。
先輩や同級生が仲良くしてくれたのが大きく、桃田さんは「毎日合宿のようで楽しかった」と話していますね。
小学校は、香川県三豊市立吉津小学校です。
桃田さんは、バドミントンだけではなくソフトボールもしていました。
小学校では、部活でソフトボールをする学校は多いです。
桃田さんは、学校の部活にもバトミントンにも積極的に活動していました。
体を動かすのが好きなんですね。
桃田賢斗さんの子供時代とご家族情報
父親は、独学でバドミントンを習い桃田さんと一緒にトレーニングをしました。
自宅にコートを作ってくれるほどサポートをしてくれました。
そのおかげもありグングンと実力を伸ばしていきます。
小学3年生のときに全国大会に出場し小学6年生のときは全国大会優勝をしました。
桃田賢斗さんの家族は、父親、母親、姉の4人家族です。
父親は、桃田信弘さんです。
信弘さんは、香川県三豊市の「ミツノ鉄工株式会社」に勤めています。
桃田さんの下の名前「賢斗」とつけたのも信弘さん。
アメコミのスーパーマンの主人公「クラーク・ケント」からとりました。
名付けた理由は、世界で1番強い男になってほしいからです。
2021年4月の男子シングルスの世界ランキングでは桃田さんは1位です。
信弘さんの名前に託した思いは現実になっていますね。
母親は、桃田美代子さん。
桃田さんが世界ランクで1位になっているので誰かバトミントンをやっていたのかと思いますが、両親はバトミントンの経験がないんです。
美代子さんは、桃田さんを毎日見守っていました。
「毎日コツコツやっている」と感心しながら見ていました。
姉は、桃田めい子さんです。
桃田さんの3歳年上で、現在は結婚して2人の子供に恵まれています。
桃田賢斗さんの経歴
桃田さんはどんな経歴を送ってきたのでしょうか。
バトミントンとの出会いや数々の大会での優勝の話も気になります。
バトミントンとの出会い
桃田さんがバドミントンを始めたきっかけは、姉のめい子さんがバドミントンをやっていて小学1年生からはじめました。
それが、当時所属のコーチの目に留まり本格的にバドミントンを始めます。
経歴・エピソード
中学生で高校2年生まで出る全国ジュニア選手権でベスト4に入ります。
そして、中学3年生の時に、全国中学生バトミントン大会に出場して優勝をしました。
高校生になり、2012年のアジアユース選手権では個人・団体の2冠を達成します。
高校卒業後、大学には行かず実業団「NTT東日本」に入社します。
2014年、2015年も数々の大会で優勝し、2016年のリオ五輪ではメダル候補として連日テレビで桃田さんの名前が上がりました。
しかし同年、桃田さんを入れたNTT東日本の選手数名が違法カジノで賭博をし、日本バドミントン協会は桃田さんを日本の強化指定選手を外し大会の無期限出場停止の処分にしました。
そして、リオ五輪の出場もなくなってしまいました。
2017年、無期限出場停止が解けて約1年ぶりの実戦「日本ランキングサーキット大会」で優勝をします。
優勝時のインタビューで桃田さんは、「今まで支えてくれた人たちに感謝しながらプレーをした」としきりに言ってました。
2018年、BWFワールドツアーでは7大会中4回優勝し、2019年では10大会中9優勝という圧倒的強さを世界に見せます。
2020年1月大会優勝後の車での移動中、クアラルンプール国際空港で桃田さんを乗せた白いバンが事故をおこしました。
桃田さんは、命に別状はなかったもののあご・眉間・唇をケガをして全身打撲に右目の骨を骨折しました。
大きなケガでしたが、同年2月末には復帰しています。
2021年1月、成田空港で新型コロナウイルスにかかりましたが、そのあとの国際大会でも優勝しています。
主な戦績
戦績は以下のものがあります。
2013年全日本社会人バドミントン選手権大会優勝
2017年日本ランキングサーキット大会優勝
2019年世界選手権優勝
2021年4月現在、男子個人バドミントン世界ランキング1位
実戦の戦績を調べていると、数々の大会で優勝しています。
そしてなによりもすごいのが、4位以下の大会がないことです。
スポーツ選手には調子の波があるものですが、桃田さんはスランプを全く感じさせないほど毎大会で高いパフォーマンスを出しています。
もう日本のバドミントン界を背負って戦ってますが、これからもずっとバドミントンを盛り上げてほしいです。
まとめ
今回は、桃田賢斗の学歴や経歴を紹介!出身高校や大学情報(東京五輪バドミントン(男子))について紹介しました。
バドミントンの得意ショットはペアピンの桃田さん。
実は、最近Youtubeを始められました。
得意ショットのペアピンの練習のしかたや打ち方を桃田さん自身で解説しています。
桃田さんは、長くバドミントンで活躍してます。
賭博事件のときは、どうなってしまうのかなと感じてました。
しかし、それをバネにして復活した後も世界の第一線で戦う姿はカッコいいです。
東京五輪でどの競技よりももっともメダルに近い人ではないかとも感じます。
東京五輪では、金メダルをかけて笑う桃田さんを見たいですね。