旗手怜央の学歴や経歴を紹介!出身高校や大学情報(東京五輪男子サッカー【背番号13】DF )

サッカー男子

東京五輪サッカー(男子)DFの旗手怜央さんは、順天堂大学で1年時に新人王を獲得し、大学ナンバーワンの実力を提げて川崎フロンターレで活躍している選手です。

そんな旗手怜央さんは、どんな経歴でどこの出身なんでしょうか。


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旗手怜央さんの学歴・出身校

旗手怜央さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

旗手怜央さんのプロフィール

氏名 旗手怜央(はたて れお)
生年月日 1997年11月21日
出身地 三重県
身長 171cm
体重 70kg
血液型 A型

旗手怜央さんの学歴・出身校


大学は、順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科を卒業しています。

順天堂大学は東京都文京区に本部を置く、私立大学です。

スポーツ健康科学部スポーツ科学科は、本部ではなく千葉県印西市にキャンパスを構えており、旗手怜央さんはこちらに通っていました。

旗手怜央さんは蹴球部に所属し、1年時から主力として新人王を獲得するなどの活躍をしています。

OBには高校の1つ先輩、名古新太郎さんや、日本代表として1998年フランスワールドカップで背番号10番をつけて活躍した名波 浩さんなど、数多くのプロサッカー選手を輩出している伝統ある部です。

高校は、静岡学園高等学校を卒業しました。

静岡学園高等学校は、静岡県静岡市葵区にある私立の中高一貫校です。

サッカー部は言わずと知れた強豪校で、2020年には24年ぶりに全国高等学校サッカー選手権大会を制覇しました。

こちらも数多くのプロを輩出しており、2018年ワールドカップ日本代表の大島僚太さんや、日本サッカー界のレジェンドで今も尚、現役のキングカズこと三浦知良さんがいます。

旗手怜央さんの代は、県大会決勝で惜しくも敗れています。

卒業した中学は、鈴鹿市立創徳中学校でした。

鈴鹿市立創徳中学校は、三重県鈴鹿市にある公立の中学校です。

サッカー部には入部せず、外部のクラブで練習をしていました。

小学校は鈴鹿市立牧田小学校です。

鈴鹿市立牧田小学校は、三重県鈴鹿市にある公立の小学校です。

小学生の頃はサッカーだけでなく野球も好きで練習をしていました。

旗手怜央さんの子供時代とご家族情報


旗手怜央さんは三重県鈴鹿市に生まれ、中学卒業時までここで過ごしています。

幼少期は仮面ライダーごっこや補助輪なしで自転車を乗り回すほど活発でした。

家族構成は父親、母親、姉の4人家族です。

父親は浩二さんといい、ずっと野球をされていました。

名門PL学園であの清原さん桑田さんの一学年上で、春夏準優勝時のレギュラーとして活躍し、大学、社会人まで野球をされていました。

それで旗手怜央さんはサッカーと野球の両方をしていたのですね。

父親からすれば野球を続けてほしかったと思いますが、旗手怜央さんはインタビューで、父親はいつも自分の意見を尊重してくれると語っており、親子としていい信頼関係を築けてるのが伺えます。

母親と姉の情報は公開されていませんでしたが、最後の晩餐に「母の手料理」と答えており、いつも美味しいご飯を作ってくれていたのですね。


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旗手怜央さんの経歴

旗手怜央さんは高校から地元を離れ、静岡学園高校へサッカー留学し、実力をつけてここまで急成長してきた選手です。

そんな旗手怜央さんですが、どのような経緯でサッカーと出会い、どのような実績があるのでしょうか。

サッカーとの出会い


サッカーを始めたのは小学3年生で、友達のほとんどがしていて、自然と興味が出てきたのがきっかけとなっています。

FC四日市ジュニアで本格的にサッカーを始め、平日は野球、週末はサッカーの練習に明け暮れていました。

経歴・エピソード

小学生までは両立していましたが、中学に上がるときにサッカーに専念することになり、FC四日市でそのままプレーすることにし、父親もその決断を尊重してくれて野球は辞めることになりました。

サッカーに専念することを決めたのと同時に、プロになることを目標とし、毎日練習を積み重ねていきました。

高校の進学先は選手権に出ることだけでなく、個の技術を大事にし、プロを多く輩出している実績のある静岡学園高校に入学を決めます。

全国から実力のある選手が集うこともあり、入学当時は技術面ではかなり下の方で、このままでは生き残れないと危機感を抱いていました。

その差を埋めるべく毎日自分の持ち味であった、シュート力をより伸ばす努力を続けたり、練習相手を一人捕まえて夜遅くまで付き合ってもらうなどしていました。

そうして2年生の夏過ぎから少しずつ試合に出られるようになり、全国選手権ではレギュラーとしてベスト8に貢献するほどの成長を遂げています。

3年生になっても主力として活躍しましたが、県大会決勝で敗れ全国選手権に出場は叶いませんでした。

その後、プロの道には進まず順天堂大学へ進学し、初めはベンチでしたがすぐに主力として躍動し、関東リーグ戦では9得点を上げました。

その結果から新人王を獲得し、これがきっかけでプロのスカウトが目をつけるようになっていきます。

2年生になり、大学のリーグ戦での活躍はもちろん、全日本大学選抜に選ばれるなど活躍の場を広げていき、海外の選手とも渡り合うようになります。

しっかりと経験を積み、3年生になると川崎フロンターレの練習に呼ばれるようになり、同クラブの特別指定選手となり卒業後の正式な入団が決定しました。

3年生の2018年以降はU-21やU-22の日本代表に選ばれるようになり、2019年のU-22トゥーロン国際大会で主力として史上初の2位に貢献しています。

2020年からは川崎フロンターレに所属し、1年目で38試合出場するほどの実力をつけており、この先のチームを引っ張っていく存在となるべく奮闘しています。

しかし、本人はまだレギュラーを確実に掴めたとは思っていなく、全試合スタメンで出場することでさらに成長し、日本A代表に招集されるまで上り詰めると意気込みを語っていました。

主な戦績


旗手怜央さんは、高校以降試合に出られないところからスタートし、地道な努力を重ねてどのチームでも一流の選手として活躍し、日本代表にまでなることができました。

その主な戦績は以下の通りです。

  • 2015年 全国高等学校サッカー選手権大会 ベスト8・優秀選手
  • 2016年 関東大学サッカーリーグ戦 新人王
  • 2017.18.19年 関東大学サッカーリーグ戦 ベストイレブン
  • 2017.19年 ユニバーシアードサッカー競技 優勝
  • 2020年 J1リーグ 優勝
  • 2020年 天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会 優勝
  • 2021年 FUJI XEROX SUPER CUP 優勝

これだけの戦績であれば、東京五輪代表は当然といったところでしょう。

高校以降の戦績は素晴らしく、実力者が集うチームの中から努力で頭角を現し、主力になるのはそう簡単なことではありません。


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まとめ:旗手怜央の学歴・出身校と経歴

今回は、東京五輪サッカー(男子)DFの旗手怜央さんについてご紹介しました。

決してエリート街道を歩んできたわけではなく、いつも逆境から地道な努力を続けたことで這い上がってきたサッカー人生です。

2021年現在はまだプロになって2年目。

しかし、既に見据える先は日本A代表となり、ワールドカップのメンバー入ることです。

旗手怜央さんなら、持ち前の努力を継続する力で叶えているのが想像できます。

この先、日本代表としてピッチに立っている姿を見れるその時まで、みなさんぜひ応援しましょう。


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