久保建英の学歴や経歴を紹介!出身高校や大学情報(東京五輪男子サッカー【背番号7】MF )

東京五輪サッカー(男子)MFの久保建英さんは、小学4年生で日本人では異例のスペイン・バルセロナのカンテラ(下部組織)でプレーをしたエリート選手です。

そんな久保建英さんは、どんな経歴でどこの出身なんでしょうか。


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久保建英さんの学歴・出身校

久保建英さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

久保建英さんのプロフィール

氏名  久保建英(くぼ たけふさ)
生年月日  2001年6月4日
出身地  神奈川県
身長  173cm
体重  67kg
血液型  A型

久保建英さんの学歴・出身校

高校は第一学院高等学校を卒業しました。

第一学院高等学校は全国各地にキャンパスを構える通信制の高校です。

サッカー日本代表で、海外でもプレーをする香川真司さん、そして東京五輪サッカーのオーバエイジ枠で選出された酒井宏樹さんなどが卒業されていました。

酒井宏樹さんの学歴や経歴はこちら

 

元々は都内の全日制の高校に進学していましたが、既にプロサッカー選手として活躍し、日本代表に招集されることもあったため、通学が困難になり2018年に転校しています。

都内の全日制の高校については、確かな情報は公開されていませんでした。

卒業した中学は、川崎市立西生田中学校です。

川崎市立西生田中学校は、神奈川県川崎市にある公立の中学校です。

久保建英さんは小学4年生でスペインへ渡っているので、入学はスペインの中学でしたが、バルセロナの違反問題に巻き込まれ、中学2年生に上がるタイミングで地元に戻ってきたため、このような形になりました。

小学校はスペイン・バルセロナにある小学校を卒業しています。

学校名は公開されていませんでした。

4年生になるまでは川崎市立西生田小学校に在校していました。

川崎市立西生田小学校は、神奈川県川崎市にある公立の小学校です。

久保建英さんの子供時代とご家族情報


久保建英さんは神奈川県川崎市麻生区に生まれ、スペイン・バルセロナに渡るまで、また帰国後中学卒業までを過ごしていました。

子供の頃から遊びはもっぱらサッカーで、両親はおもちゃを極力買い与えずに外で遊ばせていました。

家族構成は父親、母親、弟の4人家族です。

父親は建史(たけふみ)さんといい、サッカーの名門・筑波大学体育専門学群を卒業し、もちろんサッカー部OBです。

現在はミサワホームで働いており、2012年には「おれ、バルサに入る!夢を追いかけるサッカー・キッズの育て方」を出版しました。

そこには

  • ベビーカーは使わない
  • 裸足で外遊びをさせる
  • 室内にたくさんのボールを転がす

など天才を育てるための独自の方法を展開されています。

母親の情報は公開されていませんでした。

久保建英さんが小学4年生時にスペイン・バルセロナへ渡る際に、母親と弟が一緒に移住されています。

今までの人生ではおそらくスペインとは無縁だったと思われるので、言葉もわからない場所に移住してでも子供の夢を応援するためには苦労も厭わないといった、深い愛情を持った方と感じることができますね。

弟は瑛史(えいじ)さんといい、6歳下で同じくサッカーをしています。

2021年現在は、横浜FマリノスジュニアユースU-14に所属し、兄を追いかけるように活躍しています。

久保建英さんがスペイン・バルセロナに移ったタイミングで一緒について行っており、そこでサッカーを始めたので実力は兄に引けを取らないほどです。

実際にスペインの世界トップのクラブ、レアル・マドリードからアカデミーの誘いがあるほどなので、将来的には世界で活躍する選手として注目しておかなければいけませんね。


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久保建英さんの経歴

久保建英さんは、15歳5カ月1日でJリーグ最年少出場の記録を作り、現在は世界最高峰、スペインのリーグで活躍しています。

そんな久保建英さんですが、どのような経緯でサッカーと出会い、どのような実績があるのでしょうか。

サッカーとの出会い


サッカーを始めたのは3歳の頃で、父親がコーチとして活動していた坂浜サッカークラブに連れて行ったのがきっかけです。

3歳で既にプロサッカー選手になることを夢にしていたそうで、父親も18歳でプロになるには何を身につけさせればいいかを考えていました。

その一つが足の感覚を養うために、外遊びは裸足で行かせています。

また、昨日より少しでも上手くなったところを褒めるようにし、練習好きな性格に育ったため、寝る時以外はサッカーの練習を楽しみながら励んでいました。

経歴・エピソード

3歳から父親の指導の下、ドリブルなどボールを扱う基本を習得していき、小学2年生で新小学校3〜6年生を対象とした川崎フロンターレのセレクションに見事合格します。

入団初日で他の選手とはサッカーに取り組む姿勢や考え方が別格で、確実に大物になる雰囲気があったと当時監督だった高橋さんは話ています。

小学4年生になった時には、通常クラブのユースチームは同学年で練習をしますが、久保建英さんは能力がズバ抜けていたため、異例の小学6年生のチームでプレーしていました。

そして、その年の8月にバルセロナのカンテラ(下部組織)の入団テストに見事合格し、母親と弟と移住することになります。

その後、バルセロナではアレビン(11~12歳年代)のAチームでリーグ優勝などに貢献しました。

インファンティル(13~14歳年代)のBチームでもプレーしていましたが、クラブの18歳未満選手獲得に関する規定違反に該当したため公式戦に出場ができなくなったので、やむなく帰国し、FC東京の下部組織でプレーすることになります。

中学3年生でトップチームの仲間入りをし、その年の11月にJ3ではあるが、15歳5カ月1日でJリーグ最年少出場の記録を作り、翌年4月には15歳10カ月11日で史上最年少ゴール記録という歴史的快挙を打ち立てます。

2017年11月にはJ1デビューをし、翌年8月には横浜Fマリノスへレンタル移籍もしますが、2019年には再びFC東京に復帰し、活躍を続けました。

2019年の5月には、キリンチャレンジカップの日本A代表に初選出初出場をしています。

この年の6月、かつて在籍したバルセロナの宿敵、レアル・マドリードへ完全移籍を発表し、日本人初の世界最高峰クラブでプレーすることになります。

しかし、世界のスターが集うチームでは流石の久保建英さんでも出場機会は与えられず、チームの意向で出場機会のあるチームで育成するため、マジョルカへ期限付きで移籍し、活躍しました。

その後はビジャレアルやヘタフェへ同じく期限付き移籍をしますが、なかなか出場機会に恵まれず、それでも限られた出場時間でゴールやアシストをし、めげずに最大限のアピールを続けています。

主な戦績

久保建英さんは、3歳から父親のサッカー英才教育で技術を習得し、今までの日本人サッカー選手の常識を覆してきました。

その主な戦績は以下の通りです。

  • 2015年 日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会 優秀選手
  • 2016.17年 日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会 優勝(2016年 得点王)
  • 2016年11月5日 Jリーグ最年少出場
  • 2017年4月15日 Jリーグ史上最年少ゴール
  • 2019年11月10日 プリメーラ・ディビシオン 初得点

小学4年生からスペインのトップクラブで技術を磨いてきたので、日本では新記録をしっかり更新されていますね。

それにしても改めて18歳で世界最高峰のリーグ、クラブに移籍できるとは本当に素晴らしいの一言です。


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まとめ:久保建英の学歴・出身校と経歴

今回は、東京五輪サッカー(男子)MFの久保建英さんについてご紹介しました。

父親の英才教育があり、それを素直に受け入れてサッカーに取り組んだからこそ今があるのです。

これまで数々の日本人サッカー選手の常識を20歳(2021年現在)までで覆してきました。

ただ、今までの活躍はまだ序章に過ぎず、目指すは世界のトッププレイヤーです。

久保建英さんなら必ずなってくれるでしょう。

スペイン、そして日本代表での今後の活躍にぜひ注目しましょう。


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