【ハライチ】 岩井・澤部の出身高校!家族構成や経歴も調査 (M1)

お笑い芸人

ハライチは、ワタナベエンターテインメントに所属するお笑いコンビです。

岩井勇気さんのトガったボケに、ゆるキャラを彷彿させる澤部佑さんが困りながら突っ込む「ノリボケ漫才」で人気となり、あわせて個人での活動も積極的に行っています。

そんなハライチの学歴、家族、幼少期について調べてみました。


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【ハライチ】 の結成


二人は埼玉県上尾市の妙厳寺幼稚園で出会い、同じ小中学校に通っていた幼なじみです。

小学生の時には別の同級生と一緒にトリオを結成し、お楽しみ会などでコントを披露していました。

M-1グランプリに憧れていた二人は、高校3年生だった2005年1月に二人でハライチを結成しました。

結成2ヶ月後にワタナベコメディスクールが開催した『お笑いメジャーリーグ』に出場し、見事に高校生の部でグランプリに輝きました。

その受賞が評価され、高校卒業後にワタナベコメディスクールへ特待生として入学します。

2009年のM-1グランプリ決勝進出が話題となり、『ピカルの定理』へのレギュラー出演で人気を不動のものにしました。

現在は特別番組でMCを務めることも多い一方、個人での活動が多いコンビとしても有名で、さまざまな番組で多才ぶりを披露しています。


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【ハライチ】 岩井勇気の出身高校・経歴

ハライチのネタをすべて作成し、舞台ではクールなボケを炸裂させる岩井勇気さん。

どのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

岩井勇気さんの学歴・出身校


サラサラの黒髪が印象的で、口数は少ないながらも、重みのある芸風に憧れる後輩も多い岩井勇気さん。

どのような学歴やエピソードを持っているのかを紹介します。

プロフィール

芸名岩井 勇気(いわい ゆうき)
本名岩井 勇気(いわい ゆうき)
生年月日1986年7月31日
出身地埼玉県上尾市原市
身長171cm
体重58kg
血液型O型
立ち位置向かって左

学歴・出身校

岩井勇気さんの学歴を大学から小学校まで順に紹介します。

出身大学

岩井勇気さんは大学には進学していません。

高校3年生の時に出場したお笑いコンテスト『お笑いメジャーリーグ』の高校生の部で優勝し、卒業後はワタナベコメディスクールに入学しています。

スクールでの同期にはフォーリンラブのバービーさん、サンシャイン池崎さんがいます。

高校で美術を専攻していた岩井勇気さんは、「芸人になれなかったら美大へ進学しようと思っていた」と語っています。

コンテストの優勝が、岩井勇気さんの進路を決定的なものにしたのですね。

出身高校

岩井勇気さんの出身高校は、埼玉県立伊奈学園総合高等学校です。

埼玉県北足立郡にあり、通常の高校の約3倍にあたる2,400人が在籍する大規模校で、公立校では珍しい中高一貫教育を行っています。

「総合選択制」と呼ばれる、生徒自身が教科を選択して学習する制度であることから、単位制を採用しています。

EXILEの佐藤大樹さんも、この学校の卒業生です。

出身中学校

岩井勇気さんの出身中学校は、埼玉県上尾市立原市中学校です。

上尾市の東部に位置し、校庭の西側には秋田新幹線と東北新幹線が通っています。

岩井勇気さんは中学校では陸上部に所属し、県大会への出場経験があります。

モデルの有末麻祐子さんもこの中学校の卒業生で、学年は異なりますが、岩井勇気さんと同じ担任の元で学んでいました。

出身小学校

岩井勇気さんの出身小学校は、埼玉県上尾市立原市小学校です。

1873年に開校した歴史のある小学校で、2013年の開校記念式典にはハライチも招待され、トークショーを行いました。

小学5年生の時に澤部佑さんと同じクラスになり、そこから特に親しくなった、と岩井勇気さんは語っています。

家族情報と子供時代

岩井勇気さんは両親と4歳下の妹の4人家族という環境で育ちました。

漫画好きの父親が、常に少年ジャンプなどの週刊誌の最新号を買ってきており、その影響を受けて岩井勇気さんも常に漫画を読める環境で育ちました。

アニメも好きで、テレビで放映しているものはジャンルを問わず録画し、暇があれば常にそれを見ているという熱中ぶりでした。

一方、スポーツも得意で、中学生の頃は陸上部に所属し、県大会にも出場しました。

さらに、父親が監督を務めるサッカーフットサルクラブにも所属し、フットサル大会で全国3位の経歴を持っています。

父親はかなりのサッカー実力者で、親子でテレビ番組『筋肉番付』に出演し、華麗なリフティングを披露したこともあります。

岩井勇気さんは2021年現在独身ですが、充実した少年時代を送っていたことがうかがえます。

岩井勇気さんの芸人経歴

漫才師でありながら、言いたいことをズバッという連載エッセイが人気で、物事への切り口が斬新だと言われる岩井勇気さん。

どのような経歴があるのかを見ていきましょう。

芸人になったきっかけ


岩井勇気さんがお笑いを意識し始めたのは、幼なじみであり相方でもある澤部佑さんの影響でした。

小学生の頃はアニメばかり見ていた岩井勇気さんですが、お笑い好きの澤部佑さんが進める番組を見ているうちに、お笑いにも興味がわいてきたのでした。

作文が得意で、もの作りも好きだった岩井勇気さんは、演じるのが好きだった澤部佑さんと組んで、コントのネタ作成を始めました。

高校生の時に自身が作ったネタでコンテストに出場し、グランプリを獲得したことで、一気に芸人への扉が開いたのでした。

芸人経歴

ワタナベコメディスクールを卒業後、2009年のM-1決勝進出で一気に人気芸人となったハライチですが、岩井勇気さんには不遇な時期もありました。

バラエティ番組のコントのコーナーで、岩井勇気さんの存在をCG編集で消されるという出来事があり、大きな衝撃を受けたといいます。

そこからテレビ制作のあり方に疑問を感じるようになり、テレビへの露出が減っていきました。

相方の澤部佑さんが一人で出演することも増え、いつしか岩井勇気さんには「腐り芸人」というありがたくない名前がついていました。

しかし、岩井勇気さんは、編集に左右されないラジオやエッセイで頭角を現します。

少し毒のある、でも誰も傷つけない表現で自身の思いを発信し、「上昇志向はない」「食いっぱぐれてもいい」という一歩引いたスタンスがリスナーや読者の共感を呼びました。

岩井勇気さんの姿勢に刺激を受けるファンも多く、現在では多くの連載を持ち、エッセイをまとめた単行本も重版される人気です。

「腐り芸人」の印象が薄れるとともにコンビの活動も増え、今では多くのメディアでハライチの二人の姿を目にします。


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【ハライチ】 澤部佑の出身高校・経歴


丸刈りでおなじみの澤部佑さんは、そのビジュアルから癒し系キャラとして幅広い年代層から人気です。

どのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

澤部佑さんの学歴・出身校

多くのバラエティ番組やドラマに出演し、いやみのないキャラで愛されている澤部佑さん。

どのような学歴を持っているのか、またエピソードについて紹介します。

プロフィール

芸名澤部 佑(さわべ ゆう)
本名澤部 佑(さわべ ゆう)
生年月日1986年5月19日
出身地埼玉県上尾市原市
身長172cm
体重83kg
血液型O型
立ち位置向かって右

学歴・出身校


澤部佑さんの学歴を大学から小学校まで順に紹介します。

出身大学

澤部佑さんは高校を卒業後、大学には進学せずに芸人になることを選びました。

相方の岩井勇気さんとともに、ワタナベコメディスクールの2期生として入学しています。

コンテストでの優勝が認められ、特待生として芸人としての道を歩み始めました。

ワタナベコメディスクールは少数精鋭制をとっており、入学当初から期待された存在でした。

出身高校

澤部佑さんの出身高校は埼玉県立大宮東高等学校です。

埼玉県さいたま市にあり、普通科の他に体育科があり、運動部のクラブ活動が盛んなことが知られています。

澤部佑さんにとって高校生活はあまり良い思い出がなく、家から学校が遠いこともあって休みがちだったと振り返っています。

バドミントン選手でリオ五輪銅メダリストの奥原希望さんをはじめ、多くのプロスポーツ選手を輩出しています。

出身中学校

澤部佑さんの出身中学校は、埼玉県上尾市立原市中学校です。

バスケットボール部に所属し、エース級の実力者でした。

2010年にバラエティ番組『プレバト!』の企画で母校を訪れ、岩井勇気さんのピアノ伴奏で、在校生とともにアンジェラ・アキさんの「手紙」を合唱しています。

卒業生の訪問に在校生も大喜びで、とても盛り上がっていました。

出身小学校

澤部佑さんの出身小学校は、埼玉県上尾市立原市小学校です。

出身の市立原市中学校の約200m北にあり、原市の商店街にも比較的近い立地です。

澤部佑さんは、お笑いとバスケットボールとゲームが好きな、明るい小学生でした。

5年生の時に岩井勇気さんと同じクラスになってからは、特にお笑い好きに拍車がかかり、お笑いトリオを結成して周りを明るくするムードメーカーでした。

家族情報と子供時代

澤部佑さんは父親・母親と兄の4人家族で幼少期を過ごしました。

曽祖父は茨城県下妻市の初代市長だった澤部元信さんで、澤部佑さんは番組で「いいとこの子だった」と冗談めかして話したことがあります。

両親はともに眼鏡店に勤務しており、共働き家庭で兄とともに育ちました。

その兄とは11歳の時にテレビゲームをめぐる喧嘩がきっかけで、19歳までの8年間口を利いていなかったと明かしています。

和解のきっかけもテレビゲームで、小学校の教員となった兄との関係は、現在は良好です。

澤部佑さんはバスケットボールが得意で、中学校ではチームのエースを務め、当時はNBAでプレーすることを夢見ていました。

女子にも大変な人気で、初めて彼女ができたのもこの頃でした。

「今では考えられないぐらいモテるタイプだった」と澤部佑さんは当時を振り返っています。

2013年に結婚して3児の父親となり、子煩悩なパパとして知られています。

澤部佑さんの芸人経歴

岩井勇気さんのボケに絶妙なツッコミを返し、幼なじみならではの息の合ったところを見せる澤部佑さん。

どのような経歴があるのかを見ていきましょう。

芸人になったきっかけ


澤部佑さんが芸人になることを意識したのは小学生の頃でした。
幼少期から明るく、運動神経もよかった澤部佑さんは、小学5年生の時に岩井勇気さんと友人の3人でお笑いトリオを結成しました。

当時は岩井勇気さんと友人の二人が、澤部佑さんの取り合いをしていたといいます。

中学校でも人気者の澤部佑さんでしたが、高校に入学後は周りとうまくいかず、いじめられた経験も持ちます。

岩井勇気さんとはお互いに別の高校に通っていましたが、変わらず交流を続け、お笑いへの夢をあたためていました。

そして、M-1グランプリに出てみたいと決心し、岩井勇気さんとともにハライチを結成したのでした。

芸人経歴

デビュー後わずか3年でブレイクを果たしたハライチですが、その後は岩井勇気さんがテレビ出演をセーブしたこともあり、ピンでの活動が目立っていきました。

他の人を邪魔しないキャラと、「困り芸」とも呼ばれるイジられっぷりが評判を呼び、バラエティでは重宝されています。

また、俳優としての活躍も多く、真面目だが裏のある役を演じるなど、お笑いとは違った新たな一面を見せています。

しかし本業のお笑いは忘れず、ハライチとして漫才も定期的に披露しています。


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まとめ

今回は、ハライチの学歴や経歴、家族についてご紹介しました。

幼なじみの二人は小学生の頃からお笑いが好きで、その思いを貫いて売れっ子芸人の座をつかみました。

コンビ名の「ハライチ」は、二人の出身地である上尾市原市が由来で、仲の良さを感じさせます。

それぞれの得意分野を生かし、個人での活動も多いハライチですが、活動の原点は漫才だと語り、2021年には4年ぶりのM-1グランプリへの出場を決めました。

初心を忘れず活動を続けるハライチは、これからも私たちを楽しませてくれることでしょう。


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