これまで何人ものスターが誕生してきたSASUKEで、新世代のリーダーとして注目されているのが漆原裕治さん。
12月に開催される大会にも、当然ながら出場が決まっています。
そこで今回は、漆原裕治さんの学歴や経歴の他、なぜSASUKEに出場するに至ったかのきっかけを紹介します。
漆原裕治さんの学歴、出身校について
漆原裕治さんの出身校を大学から順にさかのぼって小学校までご紹介します。
出身大学
漆原裕治さんは高校を卒業後、大学には進学せずローファーを製造している靴メーカー「ハルタ」へ就職しています。
進学ではなく就職を選んだ理由としては、彼の家が母子家庭であり経済的に大学や専門学校に進む余裕がなかったからだそうです。
そして、少しでも早く働くことで育ててくれたお母さんの負担をなくしたいという彼の強い思いもあったようです。
出身高校
漆原裕治さんが通っていた高校については公表されておらず、一般的な普通科ではなく工業高校だったことだけが分かっています。
そして、工業高校を選んだのも、特に将来を見据えて何か技術を身に付けるためや就きたい職業があったわけでもないようです。
また、彼はこの高校で体操部に入部していますが、人数不足により廃部になっています。
ただ、廃部後もトレーニングルームは使えたため、個人的にトレーニングを続けていたようです。
そして、この習慣が就職してからの休憩時間にトレーニングをするという日課となって現在の彼の肉体を支えているのです。
出身中学
漆原裕治裕治さんの出身の中学は公表されていませんでした。
東京都の出身ですので、地元の中学に通っていたものと思われます。
中学時代は小学校から続けていた体操を続けるために、体操部に入りました。
そこでバク転やバク宙を覚えるためにトレーニングをしていました。
出身小学校
漆原裕治さんが通った小学校についても、これまでの中学や高校と同じく情報がほとんど公開されていません。
ただ、この時期に体操を始め、高校まで続けていたことは判明しています。
幼少期から体を動かすことが大好きで、「できなかったことをできるようにする」のが楽しかったそうです。
この言葉からも当時から負けず嫌いであったことが容易に想像ができますね。
SASUKEでの経歴
ここからは漆原さんの経歴の中でも、特にSASUKEでの活躍に注目をしていきましょう。
SASUKE出場のきっかけ
漆原裕治さんがSASUKE出場に至ったきっかけは、以前お台場にあった「マッスルパーク」にあります。
この「マッスルパーク」ではSASUKEの原寸大セットにチャレンジができるのですが、漆原さんはこれを一発クリアしてしまったのです。
そして、このクリアをきっかけに本家であるSASUKEにも興味を持つようになったそうです。
また、彼はSASUKEをきっかけに結婚も果たしています。
なんと現在の奥さまは豊洲のSASUKEパーク運営に携わっており、彼の人生を語るにSASUKEなしにはあり得ない状況と言えます。
SASUKE出場からの経歴
漆原裕治さんが初めてSASUKEの予選に参加したのは2003年の第11回大会。初出場を果たす第21回までには約5年もの長い期間が掛かっています。
さらに、SASUKEを志してから完全制覇までの期間では、同じく完全制覇を果たしている長野誠さんよりも長い期間を必要としています。
また、そんな漆原さんが史上3人目の完全制覇を成し遂げた第24回には、なんとも後味の悪い出来事がありました。
それはFINAL STAGEの対策としてゴム足袋を履いていたことに対するクレームです。
実際にはFINAL STAGEに進んだ5人の内4人がこの対策をしていました。
しかし、実況で足袋ことを強調された漆原さんだけが履いていたと誤解され「ルール違反」だという間違ったクレームが起きてしまいました。
実況をしたアナウンサーとしては靴屋に勤務する漆原さんの戦略を称えるつもりだったようですが完全に裏目に出てしまいました。
しかし、漆原さんはこのクレームにも決して負けることはありませんでした。
再びFINAL STAGEまで進んだ第27回、クレームの対象となったゴム足袋を封印し2度目の完全制覇を達成したのです。
そして、この2度目の完全制覇は、結果以上に漆原裕治という人物を強く印象付ける出来事となりました。
まとめ
ここまで漆原裕治さんの経歴や学歴についてご紹介しました。
彼は、すでに2回にわたりSASUKEの完全制覇を成し遂げています。
そして、常に3回目の完全制覇が期待される存在でもあります。
次回の放送からは、ぜひみなさんも彼が3度目の完全制覇を成し遂げる瞬間を期待しながら、全国のSASUKEファンとともに番組を楽しみましょう。