俊足と抜群の打撃センスの元プロ野球選手の糸井嘉男さん。
12月27日に行われるSASUKE2022に出場が決まっています。
そんな糸井嘉男さんは、どこの学校出身でどのような学歴なんでしょう。
また、SASUKEに出場するようになったきっかけや経歴も気になります。
糸井嘉男さんの学歴や経歴を順に見ていきましょう。
糸井嘉男さん 学歴・出身校
糸井嘉男さんの出身校とそれぞれの特徴を大学から小学校の順にご紹介します。
出身大学
糸井嘉男さんの出身大学は近畿大学です。
近畿大学は大阪市に本部のある私立の大学です。
糸井嘉男さんは、大学時代は野球部に入部しました。
同学年に野村宏之選手、1学年下には貴志款八選手がいて、3年に上がるまでは活躍の場が有りませんでした。
3年の秋にデビューすると4年生ではエースとしてチームに貢献しました。
大学の同期には田中雅彦選手や中村真人選手がいます。
出身高校
糸井嘉男さんの出身高校は京都府立宮津高等学校です。
この高校は普通科と建築科を有する公立の高校です。
糸井嘉男さんの高校時代は、怪我に泣きました。
高校に入学してすぐに、膝の手術をすることに。
中学時代から膝の痛みを我慢して野球をやっていた為、それが悪化の要因だったようです。
手術後はリハビリに専念し、2年生でやっと走れるようになりました。
その後、肩の手術もしたので、高校時代の成績は残せませんでした。
それでも卒業時には、投手として阪神のスカウトに注目されました。
指名まではいかなかったので、プロにはいかずに大学へ進学を決めました。
出身中学校
糸井嘉男さんが卒業された中学校は、与謝野町宮津市中学校組合立橋立中学校です。
この中学は宮津市の北部と吉津地区、与謝野町の旧岩滝町域を校区としている公立の中学校です。
糸井嘉男さんの中学時代は、中学校の軟式野球部に所属していました。
チームの中では、投手でエースでしたが、大事な大会の前に顧問に怒られて試合に出場できず、結果惨敗してしまいました。
中学時代は結果を残せずに、強豪校からの誘いも無かったため、隣の市の高校に進みました。
出身小学校
糸井嘉男さんが卒業された小学校は、残念ながら公表されていません。
ただし、糸井さんの出身が京都府与謝郡岩滝町ですので、おそらく与謝野町立岩滝小学校ではないかと推察されます。
糸井嘉男さんの小学校時代は、地元の岩滝少年野球クラブに所属していました。
父親はトライアスロン選手ですので、糸井さんも子供時代からスポーツには身近だったのでしょう。
父親は2022年の今でも現役のトライアスロン選手です。
糸井嘉男さんの経歴
糸井嘉男さんが野球をはじめたきっかけや経歴を見ていきましょう。
野球をはじめたきっかけ
糸井嘉男さんは、小学生の時に初めて野球を見に甲子園球場に行きました。
3年生の夏休みだったそうで、家族と一緒に行きました。
そこで、当時の阪神タイガース真弓明信選手がホームランを打つのを見て、感動しました。
その感動が、プロ野球選手になりたいと思った理由の一つと語っています。
糸井嘉男さんの経歴
2003年に行われたドラフトで北海道日本ハムファイターズに投手として入団。
入団後2年間は活躍できず、一軍には上がれませんでした。
2006年に野手の素質を見出され、投手から野手へ転向。
当時のチームメイトの新庄選手にも野手が向いてると言われたそうです。
野手に転向後の2007年に開幕一軍を果たすも、結果を出せませんでした。
2009年から2013年にオリックスへ移籍までの間は、チームに貢献して活躍しました。
オリックス時代の4年間は、打撃でチームへ貢献し、2015年には通産1000安打を達成し、主将も務めました。
2016年の暮れに阪神タイガースと契約合意。
右ひざの不調はあったものの、打撃でチームに貢献しました。
2022年9月には、最終打席で安打を打って、引退試合となりました。
まとめ
糸井嘉男さんの学歴・出身校や野球を始めたきっかけ、経歴ついて紹介しました。
高校時代は怪我で活躍できませんでしたが、大学の後半で実力を開花させ、プロに進みました。
プロに入るも、はじめはうまくいかずでしたが、投手から野手に変更により、活躍してチームに貢献しました。
既に現役を引退されていますが、2022年にはSASUKEに出場するなど、今後の活躍も楽しみです。
糸井嘉男さん プロフィール
氏名 | 糸井嘉男 (いとい よしお) |
生年月日 | 1981年7月31日 |
出身地 | 京都府与謝郡岩滝町(現:与謝野町) |
身長 | 188cm |
血液型 | 不明 |