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寺内 健の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(水泳飛込男子) 

東京五輪水泳3m飛板飛込(男子)の寺内 健さんは、その五輪出場回数から飛込界の「レジェンド」と呼ばれています。

そんな寺内 健さんは、どんな経歴でどこの出身なんでしょうか。

そこで寺内 健さんの学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪水泳3m飛板飛込(男子))をご紹介します


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寺内 健さんの学歴・出身校

寺内 健さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

寺内 健さんのプロフィール

  • 氏名:寺内 健(てらうち けん)
  • 生年月日:1980年8月7日
  • 出身地:兵庫県宝塚市
  • 身長:170㎝
  • 体重:69㎏
  • 血液型:A型

寺内 健さんの学歴・出身校

寺内 健さんの最終学歴は甲子園大学大学院心理学部です。

また大学は同じく甲子園大学人間文化学部人間行動学科を卒業しています。

甲子園大学は、兵庫県宝塚市にある私立大学です。

同じく東京五輪の飛込代表選手の板橋美波さんは同校に在学中、荒井祭里さんは同校系列校の甲子園学院高等学校(女子校)に在学しています。

高校は此花学院高等学校を卒業しました。

此花学院高等学校は、大阪市生野区にある私立高校で、現在は改称して大阪偕星学院高等学校となっています。

OBには、漫才師の坂田利夫さんやタレントの彦摩呂さんがいます。

出身の中学校は宝塚市立光が丘中学校です。

プロ野球選手の小園海斗さんや、ヴァイオリン奏者の木嶋真優さんも同校の卒業生です。

寺内 健さんは、中学の頃にはすでに飛込の活動で忙しく、入学式、卒業式、修学旅行などの学校行事にはほとんど参加できませんでした。

出身小学校は宝塚市立西山小学校を卒業しています。

寺内 健さんは、この西山小学校で、後輩の子供たちに講演を行ったこともあります。

寺内 健さんの子供時代とご家族情報

寺内 健さんは、生後半年の頃に母親に連れられてベビースイミングを始め、物心ついたころにはすでに週に2~3回はプールに入っていました。

今でこそ身長は170㎝になりましたが、子供の時は小柄で、5年生になっても140㎝もありませんでした。

性格はやんちゃで、体を動かすのが好きな子供でしたが、競泳の練習は苦手で「逃げたい」と思っていたということです。

そんな寺内 健さんがどのような家庭で育ったのか調べてみましたが、両親の名前や職業等、詳しい情報はほとんど公開されていません。

数少ない情報として分かっていることは、父親がヘビメタ好きでバンドのギター担当だったこと、弟の佑さんが元飛込の選手だということです。

佑さんは、世界選手権にも出場したこともある選手で、シンクロ高跳びで兄弟ペアを組んだこともあります。

しかし右ひじの故障で現在は引退しています。

また、寺内 健さんは2013年に結婚されています。

お相手は、友人の紹介で知り合った藤原史佳さんという女性で、6年の交際を経てのゴールインでした。


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寺内 健さんの経歴

寺内 健さんは、40歳にして飛込歴30年のベテラン中のベテランです。

そんな寺内 健さんは、どのような経緯で飛込と出会い、どのような実績があるのでしょうか。 

飛込との出会い

生後半年から水泳をやっていた寺内 健さんが、飛込と出会ったのは小学校5年生の時でした。

当時は競泳の成績が伸び悩み、練習をつらいと思っていました。

そんな時に競泳プールの隣にあった飛板で遊んでいたところを、中国出身の馬淵崇英コーチに見初められて飛込に転向します。

経歴・エピソード

飛込を始めてから半年ほどすると、コーチから「中国に合宿に行くぞ」と言われ、意味の分からないうちに、3ケ月半という長期の合宿に参加することになります。

競泳時代は2時間の練習もきついと思っていた少年は、生まれて初めて親と離れた海外の合宿で、1日11時間という長時間の練習をこなすことになります。

そしてようやく合宿が終わろうという1週間前に、「お前だけあと1ケ月残れ」と言われてしまいます。

母親に電話で泣きつきますが、「あと1ケ月やん」と突き放され、10歳の少年がたった一人、現地上海のチームに残って練習することになってしまいます。

この合宿を終えて帰国した後、馬淵コーチとの二人三脚により数々の活躍をすることになります。

中学2年の時には日本選手権に出場し、史上最年少優勝、高校1年の時にはアトランタ五輪で初の五輪代表となります。

このアトランタ五輪を皮切りに、4大会連続で五輪に参加しますが、北京五輪後の2009年に現役を一時引退し、サラリーマン生活をしています。

しかし五輪でのメダル獲得という夢が忘れられず、2011年に現役復帰、2012年のロンドン大会の出場は逃しますが、2016年のリオ大会に出場します。

そして2019年、東京五輪出場をかけた世界水泳選手権で入賞し、日本の代表内定第一号になりました。

主な戦績

東京五輪の出場内定で、夏季五輪の出場回数が6回目となる寺内 健さんですが、その主な戦績は以下の通りです。

2001年世界選手権3m板飛込3位

2018年ジャカルタ・アジア大会シンクロ板飛込3位

2019年世界選手権シンクロ板飛込7位

ちなみに過去の夏季五輪の出場歴は、アトランタ、シドニー、アテネ、北京、リオの5回で、東京大会の出場内定により6回となります。

これは乗馬の杉谷泰造選手の持つ記録と並び、夏季五輪選手としては最高です。


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まとめ:寺内 健の学歴・出身校と経歴

今回は、寺内 健の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪水泳3m飛板飛込(男子))についてご紹介しました。

飛込は、着水までのわずか1.6秒という一瞬を競う競技です。

この一瞬のために、選手たちは厳しいトレーニングに耐え、何度も練習を繰り返します。

寺内 健さんも、小学5年生から東京五輪代表に内定した40歳まで、約30年という年月のほとんどを飛込に費やしてきました。

それはもう、生活の一部ではなく、生活のすべてと言っていいでしょう。

寺内 健さんは、これからも日本の飛込界の発展のため、約1.6秒の「震えるような瞬間」の感動を人々に伝えていってくれることでしょう。


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