増田成幸の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪自転車ロードレース(男子))

東京五輪自転車競技ロードレース(男子)代表の増田成幸さんは、日本初の地域密着型プロサイクルロードレースチーム「宇都宮ブリッツェン」に所属しています。

「不死鳥」の異名を持つ増田成幸さんの経歴、家族、幼少期について調べてみました。


スポンサードリンク

増田成幸さんの学歴・出身校

増田成幸さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

増田成幸さんのプロフィール

氏名  増田 成幸(ますだ なりゆき)
生年月日  1983年10月23日
出身地  宮城県仙台市
身長  176cm
体重  61kg
血液型  B型

増田成幸さんの学歴・出身校

増田成幸さんは宮城県仙台市の出身です。

東北学院高等学校を卒業後、日本大学理工学部航空宇宙工学科に進学しました。

大学では鳥人間コンテスト出場を目指したサークルに参加し、2005年にはパイロットとして飛行距離、滞空時間の日本記録を樹立しています。

また、大学在学中からプロチームの「チームミヤタ」と契約を結び、自転車選手としての活動を行っていました。

日本大学は東京都千代田区に本部がある、国内でも有数のマンモス私立大学です。

文武両道の大学として有名で、野球やアメリカンフットボールをはじめとしたスポーツも盛んです。

また、日本では珍しい芸術学部もあり、ここの卒業生には宮藤官九郎さん、佐藤隆太さんなど多くの芸能人がいます。

増田成幸さんの出身中学、高校は東北学院です。

宮城県仙台市にあり、中高一貫のプロテスタント系の私立学校です。

ミッションスクールとしての教育が行われており、歴史も古いことから地元の名門校として名高いです。

スポーツ活動ではサッカー部が有名で、多くのJリーガーを輩出しています。

残念ながら自転車競技部はなく、増田成幸さんは創部を働きかけましたが叶わず、サイクルショップでの自転車競技活動を行っていました。

増田成幸さんの出身小学校を調べてみましたが、確認できませんでした。

中学校は仙台市内にあったことから、小学校も仙台市内の可能性があります。

東北地方最大の都市で、活発な少年時代を過ごしたようですね。

増田成幸さんの子供時代


増田成幸さんは、どのような子供時代を過ごしたのかを見ていきましょう。

またご家族の情報についても調べてみました。

増田成幸さんは幼稚園で水泳を始めたのと同時に野球も始めています。

しかし、小学3年生の時にJリーグが開幕したのをきっかけにサッカー少年に転身し、小学校卒業まではボールを蹴る毎日でした。

中学校へ進学後は、父の影響を受けて軟式テニス部に入部し、高校2年生まで活動していました。

どんなスポーツもそつなくこなす、運動神経抜群の少年だったのですね。

増田成幸さんのご家族情報

現在、増田成幸さんには奥様がいらっしゃいます。

奥様の詳しい情報はわからなかったのですが、宇都宮市より発行された「結婚サポートブック」に、エピソードが載っていました。

それによると、出会いはレース中のけがで入院した病院でした。

その後、宇都宮ブリッツェンとの契約が決まったことが結婚のきっかけになります。

新しいチームに加入すること、初めての地での生活に不安があったこともあり、 「自分を理解し、支えてくれるこの人が世界一の妻になる」と確信し、プロポーズをしています。

2011年に移籍しているので、結婚もこの頃だと思われます。

「ロードレーサーという職業を理解し、体調管理や 栄養管理などとても献身的に支えてくれている」と増田成幸さんはインタビューに答えています。

「一緒に買い物に出かけたり、何気ない日々の生活が癒しになり、幸せを感じています。 つらい時も楽しい時も同じ時間を共に過ごせるパートナーに出会えて感謝しています」 とも語っています。

増田成幸さんの現在の活躍は、奥様のサポートによるところが大きいのですね。


スポンサードリンク

増田成幸さんの経歴

増田成幸さんは国内ロードレースの Jプロツアー等で人気チームの「宇都宮ブリッツェン」に、エースライダーとして所属しています。

そんな増田成幸さんですが、どのような経緯で自転車と出会い、どのような実績があるのかを見ていきましょう。

自転車との出会い

この投稿をInstagramで見る

増田 成幸(@nariyukimasuda)がシェアした投稿


増田選手が自転車競技に出会ったのは、テレビで見たツール・ド・フランスでした。

フランスの山々を走る映像に魅力を感じ、高校2年生の時に初めてロードバイクを手に入れ、サイクルショップのチームに加入し、競技を始めます。

それまで打ち込んでいた軟式テニスを退部するほど、自転車にのめりこんでいきました。

上達するにつれ、インターハイに出たいとの思いがつのりましたが、残念ながら通う高校には自転車競技部がありません。

そこで自ら高体連へ電話をして、特例で県大会予選の出場権を手に入れ、見事8位に入賞します。

しかし特例での出場のため、インターハイへの出場はかないませんでした。

大学進学後は人力飛行機に情熱を注ぎ、鳥人間コンテストに出場し、なんと2005年出場時には飛行距離、滞空時間の新記録を樹立しました。

その記録は現在も破られていません。

経歴・エピソード

高校卒業後は自転車競技からは遠ざかっていましたが、鳥人間コンテストでの脚力が注目を浴び、大学在学中にプロチームの「ミヤタ・スバル」に誘われ加入します。

しかし、当時の日本では自転車プロチームのスポンサー探しは難しく、2009年までは移籍したチームも次々に名前が変わるなど、苦労した時期でもありました。

2010年、増田成幸さんにチャンスが訪れました。

日本初の独立プロチームであり、ツール・ド・フランス出場を目指す「エキップアサダ」への移籍が決まったのです。

1年間のヨーロッパ生活で本場のレベルを肌で感じ、刺激を受けたことが、現在も向上心を持ってレース活動に取り組む原動力になっています。

2011年に帰国後は宇都宮ブリッツェンに所属し、増田成幸さんは頭角を現します。

Jプロツアーでの連勝、その他のレースでも上位入賞の常連となりますが、その年の最終戦、年間王者のかかったレースで落車、骨折にてリタイヤとなりました。

2012年に復帰後も、この年からの海外選手のJプロツアー参入により厳しい戦いを強いられました。

しかしそんな中でも増田成幸さんは一歩も引かない走りで実績を積み重ねていきます。

2016年のJプロツアー大分大会では海外選手たちを引き離して独走でフィニッシュし、ファンの心をつかみました。

ところが苦難は続きます。

2017年にバセドウ病であることが発覚し、一時は選手生命も危ぶまれましたが半年間の療養を経て見事に復帰しました。

決してあきらめない気持ちが、現在の増田成幸さんを作り出しているのですね。

主な戦績


増田成幸さんは日本ロードレース界のトップライダーとして、そして東京オリンピック代表選手として今後も活躍が期待されています。

主な戦績は以下の通りです。

【全日本選手権 ロードレース】

2012:2

2013:3

2015:3

2016:6

【全日本選手権 個人タイムトライアル】

2019:優勝

【その他】

2012:ツール・ド・熊野 総合4

2016:ツール・ド・北海道 総合優勝

オールラウンダーという脚質で、総合力を必要とする競技に強い増田成幸さんの走りは多くのファンを虜にしています。

「不死鳥」とも言われるその走りで、オリンピックでもその魅力を発揮してくれることでしょう。


スポンサードリンク

まとめ:増田成幸の学歴・出身校と経歴

今回は、増田成幸さんの学歴や経歴、家族についてご紹介しました。

ツール・ド・フランスに憧れ自転車競技を始めましたが、学生時代はなかなか環境が整わず、鳥人間コンテストでの活躍がきっかけでプロ入りすることとなった増田成幸さん。

プロ入り後もチームの財政難や、自身のケガや病など数々の苦しみを乗り越えて悲願のオリンピック切符を手にしました。

これからのレース、そして東京オリンピックでの増田成幸さんの走りに声援を送りましょう。


スポンサードリンク