東京五輪体操(男子)の内村航平さんは、オリンピックをはじめ国内外の大会で数多くのメダルを獲得している体操界の絶対王者です。

そんな内村航平さんは、どんな経歴でどこの出身なんでしょうか。

そこで内村航平さんの学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪体操・鉄棒(男子))をご紹介します。


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内村航平さんの学歴・出身校

内村航平さんはどのような学歴の持ち主なのか、プロフィールから出身校、家族構成、子供の頃のエピソードについて見ていきましょう。

内村航平さんのプロフィール

  • 氏名:内村航平(うちむらこうへい)
  • 生年月日:1989年1月3日
  • 出身地:福岡県北九州市
  • 身長:162cm
  • 体重:55kg
  • 血液型:A型

内村航平さんの学歴・出身校

内村航平さんの最終学歴は日本体育大学体育学部体育学科です。

大学では体操競技部に所属し、4年時には主将を務めていました。

日本体育大学は言わずと知れた体操の名門校で、これまで数多くのOB、OGがオリンピックをはじめとする大舞台で活躍しています。

高校は東洋高等学校を卒業しました。

同校は東京都千代田区にある私立高校で、偏差値61から67という優秀な学校です。

また勉強だけではなくスポーツも盛んで、バレーボール選手やサッカー選手を数多く輩出しています。

内村航平さんが在学していた頃は男子校でしたが、現在は共学になっています。

内村航平さんは母親の反対を押し切り、単身九州から上京して東洋高等学校に入学しています。

上京の理由は、憧れの元体操選手の塚原直也さんが主力選手だった朝日生命体操クラブに入門するためでした。

出身の中学校は長崎県諫早市立諫早中学校です。

この頃は、体育館や廊下でバック宙を得意げに披露するような中学生でした。

小学校は諫早市立みはる台小学校に通っていました。

小学生の頃から体操に夢中だった内村航平さんですが、5年生の頃は他の男の子たちと女の子のスカートめくりをしてふざけるような一面も持っていました。

内村航平さんの子供時代とご家族情報

 

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小さいころの内村航平さんは、引っ込み思案でシャイ、またアトピー体質で体も弱く、週1回のペースで熱を出しているような子供でした。

3歳の時、福岡県北九州市から母親の故郷である長崎県諫早市に引っ越しをしています。

内村航平さんは、両親と妹の4人家族で育ちました。

父親の和久さんは、高校時代インターハイにも出場した体操経験者で、日体大体操競技部のOBでもあります。

現在は地元で「スポーツクラブ内村」という体操クラブを運営しています。

母親の周子さんも元体操選手で、学生時代には九州大会で優勝しています。

周子さんは、夫と共に体操クラブを運営しながらも、子供たちの食事は必ず「手料理」を作り食べさせるというこだわりを持っていました。

妹の春日(はるひ)さんも体操選手で、日体大の大学院まで進み、学生時代は全日本学生選手権で総合優勝をしています。

現在はご結婚され、奥様とお子さんが2人います。

内村航平さんの奥さんは千穂さんといい、日体大体操競技部の後輩です。

二人は2012年のロンドン五輪後に結婚し、2013年に長女、2015年に次女が誕生しています。


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内村航平さんの経歴

家族全員が体操経験者である内村航平さんですが、どのような経緯で体操と出会い、どのような実績があるのでしょうか。

体操との出会い

 

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内村航平さんの体操との出会いは、両親が「スポーツクラブ内村」を始めた3歳の時に遡ります。

スポーツクラブが自宅の敷地内にあったため、保育園から帰ってくると毎日のように体操をしていました。

「初めはただ単に飛んだり跳ねたりすることが楽しかった」と語る内村航平さんは、友達と遊ぶよりも体操をしていることを好む子供でした。

しかし恥ずかしがり屋で内気な少年は、小学1年の時に初めて出場した大会で、緊張のあまり失敗し最下位になってしまいます。

その時の悔しさから、より熱心に練習に打ち込むようになり、小学5年生の頃には「オリンピックに出られたらいいな」と思うようになります。

そして小学6年の時、両親がアメリカから大型のトランポリンを取り寄せると、ますます練習にのめり込んでいきます。

このトランポリンでの練習が内村航平さんの空中感覚を養い、現在の技術の源となっています。

このように内村航平さんの少年時代は体操一色だったのですが、両親から「練習しろ」と言われたことは一度もなかったと語っています。

本当に体操が好きだったんですね。

その体操への情熱は、中学に入っても冷めることはありませんでした。

経歴・エピソード

今でこそ絶対王者と呼ばれる内村航平さんですが、中学生の頃は目立った選手ではなく、全国中学校選手権でも個人総合42位という程度の成績でした。

そんな内村航平さんが、中学を卒業する時になって突如、東京の朝日生命体操クラブに行くことを宣言します。

母親は反対しますが、父親の賛同を得られたことから単身上京、東洋高等学校体操部に所属しながら、朝日生命体操クラブに入門します。

両親の元で自由に練習をしてきた少年は、ここで初めて本格的な練習をすることになります。

高校2年の頃からその成果が現れ始め、全日本ジュニアや高校総体、全日本体操選手権などで上位に入るようになっていきます。

こうして頭角を現し始めた内村航平さんは、その後体操の名門、日本体育大学に進学しさらに腕を磨きます。

大学卒業後はコナミスポーツ&ライフに入社しますが、2016年からはプロとして活動の場を広げています。

主な戦績

 

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内村航平さんは体操選手としては遅咲きと言ってもいいかもしれません。

しかしその主な戦績を見ると、2008年の北京五輪の団体と個人での銀メダル、2012年のロンドン五輪の個人での金メダルと団体での銀メダル、2016年のリオ五輪の団体と個人での金メダルと、五輪に3大会連続で出場しメダルを獲得するという快挙を達成しています。

本来ロンドン五輪の後、リオ五輪での引退を考えていたという内村航平さんですが、その思いを引き留めたのが東京五輪の開催でした。

しかしリオ五輪以降は、左足首の靱帯損傷や腰痛、両肩の痛みという怪我に苦しみます。

「東京五輪が自身の体操人生の最終章となる」と語っていた内村航平さんですが、長引く両肩の痛みから個人総合での出場を断念し、鉄棒という個別種目に絞っての挑戦することを表明しました。

そして4月18日の代表選考会を兼ねた全日本体操個人総合選手権に鉄棒で出場し、H難度の「ブレットシュナイダー」を決め高得点を獲得、東京五輪出場に王手をかけます。


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まとめ:内村航平の学歴・出身校と経歴

今回は、内村航平の学歴や経歴を紹介! 出身高校や大学情報(東京五輪体操・鉄棒(男子))についてご紹介しました。

内村航平さんは3歳で体操を始めてから現在まで、体操一筋の人生でした。

初めはただ楽しんで練習していただけの少年が、オリンピックに連続出場するまでに成長し、日本体操界の絶対王者として君臨します。

しかしそんな絶対王者がここ数年怪我に苦しみ、鉄棒だけで五輪に挑戦するという選択を下すことが、苦渋の決断であったことは想像に難くありません。

しかし彼の挑戦は、後に続く若い世代の選手たちに夢と希望を与え、日本体操界の更なる発展につながっていくものと確信します。

これからも内村航平さんのご活躍に注視していきたいと思います。


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