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山田哲人の学歴や経歴を紹介!出身大学や高校情報

東京ヤクルトスワローズ所属の山田哲人さん。

2023年のWBC日本代表入りが発表されました。

そんな山田哲人さんの学歴や野球経歴についてご紹介します。

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山田哲人さん 学歴・出身校


山田哲人さんの出身学校を大学から小学校に分けてご紹介します。

また、それぞれの学校の特徴と学生時代のエピソードも調べてみました。

山田哲人選手の嫁についてはこちら>>>

出身大学情報

山田哲人さんは大学には進学していません。

高校卒業後に東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手になっています。

山田哲人さんのドラフト秘話

山田哲人さんはドラフト会議で東京ヤクルトスワローズに1位指名されましたが、”外れ、外れ1位”と言われています。

2010年のドラフト会議、ヤクルトがまず指名したのは斎藤佑樹さんでした。

しかし、抽選で日本ハムが交渉権を獲得。

続いて、ヤクルトは塩見貴洋さんを指名しますが、抽選の結果、楽天が交渉権を得ます。

そして、山田哲人さんの1位指名はヤクルトとオリックスバッファローズと競合になりましたが、ヤクルトが交渉権を獲得しました。

ヤクルト側は抽選に2度外れて山田哲人さんを1位指名していますが、これは想定内だったそうです。

後にヤクルト側は”嬉しい誤算”と言っていますので、ハズレどころか当りだったということですね。

ちなみに山田哲人さんは一番行きたい球団がヤクルトだったそうなので、相思相愛だったのですね。

出身高校情報

出身高校は履正社高等学校です。

1946年に開校した私立校で、1985年より履正社学園豊中中学校も開校しました。

甲子園では常連校、進学校としても有名です。

学校名 履正社高等学校
学科・コース 普通科・集約文理コース(S類・I類・Ⅱ類)/普通コース(Ⅲ類)
偏差値 49~66
所在地 〒561-0874 大阪府豊中市長興寺南4丁目3−19
最寄り駅 曽根駅(阪急宝塚線)
公式サイトHP https://riseisha.ed.jp/
著名な卒業生 T-岡田(野球選手)・中村秀香(アナウンサー)・町野修斗(サッカー選手)・小深田大地(野球選手)

山田哲人さんの高校時代

山田哲人さんは野球部に所属しており、高校1年の夏からベンチ入り。

高校2年の夏には二塁手としてレギュラーを務め、秋からは遊撃手のレギュラーになりました。

高校3年の春は打率も.435とチームを牽引する活躍し、大阪大会で優勝や近畿大会で準優勝しています。

高校3年の夏には甲子園出場を果たし、天理高校戦で本盗を決めてチームの初勝利に貢献しました。

次の聖光学院高校戦でも本塁打を打ちましたが、チームは惜敗しています。

出身中学校情報

出身中学校は宝塚市立御殿山中学校です。

1985年に開校した公立中学校で、宝塚市内で生徒数が最も多い学校です。

外壁には「命」をテーマにした大壁画があります。

学校名 宝塚市立御殿山中学校
所在地 〒665-0841 兵庫県宝塚市御殿山1丁目3−1
最寄り駅 清荒神駅(阪急宝塚本線)
公式サイトHP https://www.city.takarazuka.hyogo.jp/school/j_goten/index.html
著名な卒業生 東野幸治(芸人)・三浦璃来(フィギュアスケート選手)・天彩峰里(宝塚歌劇団)

山田哲人さんの中学時代

中学時代は学校の部活には所属せず、地元の野球でヤングリーグの「兵庫伊丹」に所属していました。

中学時代の情報はあまりありませんでしたが、内野手として大会などに出場していたようです。

出身小学校情報

出身小学校はわかりませんでした。

おそらく、出身中学校の御殿山中学校の校区の小学校の出身だと思われます。

公立小学校だとすれば10校ありました。

山田哲人さんはこの中の小学校に通っていた可能性が高いですが、校名は特定できませんでした。

山田哲人さんの小学校時代

山田哲人さんは幼少期から運動神経が良い方で、幼児体操や空手を習っていたそうです。

小学2年の時からは地元の野球チームの「宝塚リトルリーグ」に入団。

入団した初日は空振りばかりで泣いたこともあったとか。

しかし、小学6年生の頃には外野手としてチームの主力で活躍していたそうですよ。

山田哲人さんは悔しさをバネに真剣に野球を続けてきたのでしょうね。

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山田哲人さんの選手経歴


山田哲人さんはどのようにしてプロ野球選手になったのでしょうか。

野球経歴についても紹介していきます。

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プロ選手になったきっかけ

父親は警察官でスポーツ万能でしたが、野球経験はなかったようです。

山田哲人さんが小学2年の時から地元の野球チームに入団すると、父親は毎晩練習に付き合い、試合も熱心に応援していたとか。

母親もテニス経験者ということもあり、バッティングの練習方法を試行錯誤してくれたそうです。

そんな両親のおかげもあって、山田哲人さんは野球にのめり込んでいきました。

中学時代も地元の野球チームで徐々に活躍を見せ、高校は甲子園の常連校の履正社高校に入学。

甲子園でも活躍する選手となりました。

そして、ドラフト会議ではヤクルトに1位指名を受けます。

山田哲人さんは一番入りたかった球団のヤクルトでプロ野球選手になりました。

経歴・エピソード

2011年より東京ヤクルトスワローズに所属しますが、レギュラーシーズン中の公式戦出場は果たせませんでした。

しかし、クライマックスシリーズで1番・遊撃手で先発出場を果たし、初得点も決めています。

2012年はプロ初本塁打を記録、2軍では3割近い打率を記録しました。

2014年の4月から9月にかけては、NPB史上初の6か月連続初回先頭打者本塁打を達成。

この年は193安打を打ち最多安打も達成しました。

2015年は全試合に出場し、チームの14年ぶりのリーグ優勝にも大きく貢献。

打率.329、38本塁打、100打点、34盗塁といずれもキャリアハイの成績を残し、セ・リーグMVP、史上初の本塁打王、盗塁王というトリプルスリーを達成しました。

2016年からは背番号を「23」から「1」に変更。

この年もトリプルスリーを達成し、プロ野球史上初の2年連続という記録を樹立しました。

2017年にはWBCの日本代表に選ばれ活躍を見せましたが、レギュラーシーズンは不振が続き、チームも96敗という結果。

2018年は打撃が復活し、最終成績は打率.315、34本塁打、33盗塁、3度目のトリプルスリーを達成しました。

2021年からはキャプテンに就任し、東京オリンピック大会にも出場。

日本の金メダルに大いに貢献し、MVPも受賞しました。

また、チームは20年ぶりで6度目の日本一に輝いています。

2022年は怪我や新型コロナウイルスに感染するなどであまり良い結果が出せませんでした。

しかし、シーズン終盤に3試合連続本塁打を放つなど印象的な活躍も見せています。

この年は不振に苦しみながらの戦いでしたが、チームはリーグ優勝を果たしました。

2023年は2度目のWBC日本代表に選ばれています。

山田哲人さんはトリプルスリーを3回も達成した日本野球史上唯一の選手。

さらに4回目も目指していることから、まだまだ躍進していく選手です。

まとめ

山田哲人さんの学歴や経歴についてご紹介しました。

山田哲人さんは大学には進学せず、東京ヤクルトスワローズに入団しています。

高校は甲子園でもお馴染みの履正社高等学校の出身で、甲子園にも出場。

小学、中学時代は宝塚市の公立学校に通いながら、地元の野球チームで野球をしていました。

小学2年の時から野球を始めると才能が開花し、プロ野球でも大活躍、あらゆるタイトルを獲得しています。

2023年のWBCでもどんな活躍を見せてくれるのか、今後のプロ野球選手としての活躍も楽しみですね。

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山田哲人さん プロフィール

山田哲人さんのプロフィールをご紹介します。

氏名  山田 哲人 (やまだ てつと)
生年月日  1992年7月16日
出身地  兵庫県豊岡市
身長  180cm
血液型  O型

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